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第2話 孫、初めての街へ。

「ん……おじいちゃん、だれ?」


少女の瞼がゆっくり開かれ、サファイアのように輝く瞳が現れる。


「目が覚めたか。」


「!?」


怯えた顔で袋に隠れてしまった。


精一杯優しく話しかけたつもりだったが、当然の反応だろう。誰だって目が覚めて知らないじじいがいたら怖い。


「驚かせてすまないな。

 わしの名はアレク・レーグル。」


少女は恐る恐る顔を出した。


「おまえさん、花は好きか?」


コクリと頷く。


「なら、わしがいいものを見せてやるぞ。」


そう言い、杖をかざす。


その瞬間、空気がふっと変わった。

張りつめていた静寂がほどけ、暖かな風が頬を撫でる。甘い香りが鼻をくすぐり、淡い光の粒がふわりと舞い上がった。


次の瞬間──桃色の雪が降る。


それは雪ではなく、花びらだった。


「……!!」


少女は息をのんで見上げる。無数の花弁が舞い降り、光を受けてきらめく。それはまるで夜明け前の空に咲く星のようだった。


ひらりと少女の手のひらに落ちた花弁が淡く輝く。

指先でそっと包むと、光は形を変え、一輪の桜の花となった。


「……わぁ!!」


喜びと戸惑いが半々の笑顔を浮かべる少女。

掌の中にある桜を壊さぬよう、大切に抱きしめている。

──その笑顔を見て、胸の奥に眠っていた何かが、ふっと灯った気がした。


喜んでくれたようで何よりだ。


やはり女の子の心を開くには花がいいというからな。


「サエルは分かるか?あやつに頼まれてな。

 そなたの面倒を見ることになったんじゃ。

 こんなジジイですまないが、これからよろしく頼む。」


「……よろしくお願いします。」


まだ警戒しているようだが、鈴のような可愛らしい声だった。


◇◇◇


翌朝、わしらは街へ来ていた。


移動には瞬間移動を使った。

シュエル初めての経験に目をぱちぱちさせている。


「さ、行こうか。」


身をかがめ手を差し出すと、少女は恐る恐る自分の手を重ねた。


少しは警戒を解いてくれたのだろうか。

心がじんわりと温かくなる。


「まずはシュエルの服じゃな。」


大通りから少し外れた服屋へ向かう。


ここは魔法使い御用達の店で、大人用から子供用まで様々な服が売っている。

ちなみになぜ、魔法使い専門の服屋に来たかと言うと。


わしが子供服がある店なんぞ知るわけなかろう。


「いらっしゃいま……キャー!!まあ!

 もしかしてアレクさんのお弟子さん!?

 こんな可愛い子をどこに隠してたんですか!?」


扉を開けるや否や、店主は鼻息を荒くさせながら詰め寄ってきた。


ふとシュエルへと目線を移すとアレクの後ろに隠れ、服の裾を握りしめていた。


「やめんか!怖がっておるではないか!」


全く…こいつは……。


彼女の作る服はどれも一級品。


デザインや素材はもちろん。

簡単な防御魔法から、服の経年劣化を防ぐ保護魔法、汚れや小さなほつれなどを自動で治す魔法など様々な魔法が込められている。


ここまでの服を作れるものは私の知る限り彼女だけ。


もっと大きな街。それこそ王都なんかで店を構えれば国一番のデザイナーにでもなれただろうに──。


そういうことには興味がないらしく、作りたい服を作るというのをもっとうに田舎街で服屋を営んでいるのだ。


そう、腕は確かだ。確かなのだが……。


「だってぇ、こんなに可愛いんですよ!?

 こんな天使なかなかお目にかかれません!!」


彼女は生粋の幼女好き……。

つまりは変態なのである。


「来る店間違えたかの……。」


◇◇◇


「じゃーん!どうです!この出来栄え!!」


純白の生地に、細かな銀糸で花模様が縫い取られたワンピース。

胸元から袖口にかけて薄いレースが幾重にも重なり、光を受けるたびに雪の結晶のようにきらめく。


スカートの下には柔らかなパニエが仕込まれているのか、歩くたびに羽のようにふわりと揺れた。


腰のあたりには淡い水色のリボンが結ばれていて、白の清らかさにさりげなく彩りを添えている。


まるで、天使のようだった。


「うむ。似合っておるな。」


シュエルは落ち着かないのか、それとも店主のせいなのか若干もじもじしているが、服は気に入ったようで嬉しそうにしている。


うむ、これで決まりだな。

相変わらず腕はいいのだ。


ただ変態なだけで……。


「うんうん!可愛いですよね!

 それでは次行きますね!!」


…………。


とっとこの服を買って、この変態から離れようと考えていたわしをよそに店主は再びシュエルを更衣室のカーテンの中へと連れて行った。


こうなった変態は止められない。


「じゃーん!お次はこちらです!」


二着目は白のブラウスに、シュエルの薄黄緑の髪とサファイア色の瞳を引き立てるカーキ色のワンピース。


柔らかな布地には、草花や星を思わせる細かな刺繍がところどころに施されている。


同色の小さなケープが肩にかかり、動くたびに裾がふわりと揺れた。


足元は茶の編み上げブーツ。派手な装飾こそないが、その素朴さが不思議と全体を引き締め、落ち着いた印象を与えている。


さながら小さな魔法使いのようだ。


シュエルは鏡の前でそっと裾をつまみ、控えめにくるりと回ってみせた。


上質な布は光を受けてやわらかく揺れ、頬にかすかな紅が差す。


一着目とは明らかに反応が違う。

────気に入ってくれたのだろうか。

その時、老骨の胸に小さな炎が宿った。

この子を、守っていこう。

止まるはずだった時が再び動き始めたのだった。


「似合っておるぞ。」


そう言って、シュエルの頭を優しく撫でる。

初めは警戒していたのだが、ずいぶん慣れてくれたようでされるがままにしてくれる。


「気に入ったか?」


「……はい。」


シュエルも気に入ったようだ。


これは決まりだな。


「それでは次行きましょう!」


「もうよい!また来るからその時に見せてくれ。」


鼻息荒くシュエルに詰め寄る店主を引き剥がし、わしらは店を後にした。


変態店主からは「また!絶対に!絶対に来てくださいね!!」と念を押されてしまった。


「……次来るときは、変態除けの結界でも張っておかんとな。」


通りを渡る石畳の上で、シュエルは新しい靴の音を確かめるように小さく歩幅を弾ませた。


いつもより半歩速い足取り。


まだ遠慮があるのだろう、無邪気にはしゃいだりはしないが、ただ時折、風に揺れる裾を見下ろしてはそっと微笑む。


────買ってよかったな。


この子の笑顔を、これからも守っていこう。


わしは心の中でそう誓った。


遠くで鐘の音が鳴る。

街に灯りがともり、ふたりの帰り道をやさしく照らしていた。


その日、ようやく大魔法使いと孫の凸凹な“ふたりの暮らし”が始まったのだった。


第2話ありがとうございました。


次のお話ではついにアレクの魔法授業がスタート!?


次回──第3話 わし、孫に魔法を教える。

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