第19話 わしの二つ名
「九つの杖の皆様! 大変です!!」
騎士が血相を変えて駆け込んできた。
息は荒く、額には汗。よほどの事態らしい。
「なんじゃ? どうしたのだ。」
アレクが真面目な顔で問いかける。
その白々しい態度にギロリとサエルの視線が刺さる。
「モンスルムの街を囲む魔物たちが、一斉に動き出しました!」
騎士が声を張り上げた。
その瞳には焦りよりも、使命感が宿っている。
「あ〜、また魔物の暴走?」
「分かったから下がっていいよ。」
カルとルカが、まるで良くあることのように軽い調子で返す。
騎士は思わず固まった。
「お、お言葉ですが! 一大事なのですよ!?
騎士団はすでに出撃準備を整えております!!」
「へぇ〜、そなの?」
カルが面倒くさそうにイュースを見る。
「……あぁ、そういえば妙に張り切ってましたね。」
イュースが小さくため息をついた。
「おい、エクス。出撃は中止だ。通常任務に戻れと皆に伝えろ。」
「えっ……!? で、ですが……!」
エクスと呼ばれた騎士はたじろぐ。
その様子を見たカルとルカが、すかさず突っ込む。
「気づいてたんなら先に言ってあげなよ〜。」
「ほんと性格悪ぃ〜。」
イュースは無表情のまま、彼らの抗議を完全スルーする。
騎士は完全に空気と化していた。
そんな彼の肩に、そっと温かい手が置かれる。
「大丈夫だ。」
低く、落ち着いた声。
──ディアだった。
「魔物の群れは僕と『九つの杖』の皆様で対処する。
君たちは通常任務を続けてくれて構わない。」
いつものアレクの弟子ではなく、魔導庁長官ディアの顔だった。
柔らかな声の中に、確かな威厳がある。
その言葉に、騎士は表情を引き締める。。
「はっ……! 承知しました!」
騎士は一礼し、足早に去っていった。
見送ったディアは、深く息を吐いて9人を見渡す。
「……さて。」
「今から皆様を、モンスルムまで転移させていただきます。」
「え〜〜」と、あちこちから不満の声。
「文句を言うな!これが今回の議題だ。」
サエルが立ち上がり、腕を組む。
「黙って従え。」
一瞬で場の空気が引き締まった。
——そう。
《九つの杖》の定例会議とは、
決して弟子自慢やお茶会を開くための場ではない。
魔物の暴走。暴走魔術師の討伐。
国を揺るがす非常事態——。
それらを鎮めるために、彼らが動く。
そして今回の議題は、モンスルムの街を襲う魔物の群れの討伐であった。
◇◇◇
「うわ〜、すっごい数。」
塀の上から魔物の群れを見下ろしながら、カルが呑気に呟いた。
地平線の向こうまで黒く蠢く影。
そのうねりはまるで生きた災厄のようだ。
「誰が行く?」
ルカが視線を巡らせる。
全員で協力してくれれば助かるのだが——。
ディアは、それが絶対に起こらないことを誰よりも理解していた。
無駄だ。だから黙って見ている。
「コホン。……わしが行こう。」
アレクが静かに一歩前へ出る。
その姿に全員の視線が集まった。
どうせ残っても、ドラゴンのことをいじられるだけじゃし……。それに孫に、いいとこ見せたいしのう。
くだらない理由。
しかし、その背に迷いはなかった。
「ふん、珍しいこともあるものだな。」
サエルが鼻で笑う。
他の者たちも、特に異を唱えることはない。
「おじいちゃん……。」
不安そうな声。
シュエルが裾をぎゅっと握っていた。
「大丈夫じゃよ。」
アレクは穏やかに微笑み、孫の頭を優しく撫でた。
そして一人、魔物の海へと飛び立つ。
散歩をするかのような軽い足取り。
しかし、その瞳だけは鋭く、獲物を見据えていた。
「さてと——久々に、腕が鳴るのう。」
◇◇◇
「おじいちゃん……大丈夫かな……。」
シュエルが小さくなっていく背中を見つめながら、ぎゅっとステラを抱きしめる。
ステラも不安げに「ピュイ」と鳴いた。
「師匠なら大丈夫さ。
ああ見えて、あの人は本当に強いんだ。」
ディアが優しく言う。
「ほんと……?」
「ああ、本当だ。——ほら、見てみな。」
サエルが顎をしゃくったその瞬間。
ドォォォンッッ!!
空が裂けた。
アレクの右目が淡く輝き、空間が軋む。
天が唸りを上げ、稲妻のような光が奔る。
次の瞬間、轟音と共に無数の流星が降り注いだ。
眩い閃光が魔物の群れを焼き尽くす。
大地が震え、魔物たちの咆哮が悲鳴に変わる。
爆風が吹き荒れる中、老魔法使いは一歩も退かず、ただ静かに杖を構えていた。
その背に、誰もが言葉を失う。
「あれが魔に愛され、魔を愛した魔法使い。
『空識の魔法使い』と呼ばれた、伝説の男。」
サエルがどこか懐かしむような表情で言った。
「……すごい。」
シュエルの瞳が大きく見開かれた。
◇◇◇
「あ、そうじゃ。」
アレクの目がきらりと光った。
——嫌な予感しかしない。
サエルが額を押さえ、ディアが小さくため息をつく。
まただ。
この顔をした時のアレクは絶対に碌なことをしない。
「こい!グラデス!!」
杖を天に掲げると、空気がびりびりと震えた。
ギャォォォォォンッ!!
大地が揺れるほどの雄叫び。
雲を裂いて飛来したのは、白銀の巨体だった。
太陽の光を浴びて、白い鱗がまるで鏡のように輝く。
翼がはためくたび、突風が大地を薙ぎ払った。
「あいつ……まさか……!」
「あの人、何考えてんすか……!?」
九つの杖たちの顔色が一斉に変わる。
「久しいのう、グラデス!
魔物共を倒すのじゃ!
そうすればお主が危険ではないと、証明できるじゃろ!!」
アレクは胸を張って宣言した。
まるで英雄気取りだ。
だがそのドラゴンこそが——
「あれは……五十年前に暴れまくった。」
イュースの声が低く響く。
そう、街を焼き払い、王国を震撼させた伝説の災厄。
アレクは、それを元凶に街を救わせさせることでステラの件をうやむやにしようとしているのである。
「……バカだ。ほんとにバカだあのジジイ。」
サエルは頭を抱えた。
カルとルカも口を開けたまま固まる。
一同、完全にドン引きである。
ただ一人——。
「おじいちゃんっ! すごい!!」
シュエルだけがキラッキラの目をしていた。
「シュエルちゃん、師匠に似てきた気がする……。
これは、僕が止めなきゃいけないのか……?
完全に道を踏み外す前に……。」
ディアが遠い目をする。
白き竜が咆哮を上げ、魔物の群れを一掃していく。
轟音と光の奔流。
その中心でアレクはドヤ顔を決めていた。
「ふぉっふぉっふぉ! どうじゃ! 見たか!」
魔物を一掃したアレクがサエルにボコボコにされるのは必然だった。
第19話ありがとうございました!
第20話 次回もぜひお楽しみに!
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