第11話 孫、事件に巻き込まれる!
「うわぁっ!!見ておじいちゃん!!あれなに?!!」
「おお…ずいぶんと立派じゃのう。あれは船じゃ。」
港に吹く潮風に、少女の金の髪がふわりと舞う。
白い帆船がずらりと並び、波が船体に打ち寄せるたび、光の粒が跳ねてキラキラと輝いた。
「船?」
「そうか、見たことなかったか。
あれに乗れば魔法を使わずに海の上を進めるんじゃよ。」
「へぇ!海の上を?すごい!」
見るものすべてが新鮮で、シュエルはその瞳は宝石ようにキラキラさせていた。
その無邪気な姿に思わず笑みが溢れる。
◇◇◇
露店が立ち並ぶ通りに入ると、潮の香りに混じって、焼いた貝や香草パンの匂いが鼻をくすぐった。
露店の人々が威勢よく声を張り上げ、旅人たちが行き交う。
港町特有のざわめきと笑い声が、風に乗って流れていく。
「おじいちゃん!これなに!?」
「これはの、イカ焼きじゃ。うまいぞ? 食べてみるか?」
「食べたい!!」
「では、自分で買ってみるのじゃ。」
そう言って、わしは銀貨をひとつ手渡した。
「はい!!」と嬉しそうに頷いたシュエルは、小さな手で硬貨を握りしめ、露店の主人に駆け寄っていく。
「おじさん! これ二つください!」
「おっ、可愛いお客さんだな。
よし、サービスでデカいのを選んどいてやるよ!」
焼けたイカの香ばしい匂いが広がり、食欲をそそる。
「ありがとう!」
「どういたしまして!……嬢ちゃん、ひとりか?」
「え? おじいちゃんがそこにいるよ?」
「そうか、それなら安心だ。
今この街では子供の誘拐事件が多発してるんだ。
危ないから、おじいちゃんのそばを離れるなよ?」
男の顔は、真剣そのものだった。まるで自分の子供が誘拐でもされたかのよう──。
その時、潮風が吹き抜け、海鳥が高く鳴いた。
◇◇◇
イカ焼きを食べ終えた二人は──。
「うむ。次は甘いものなんてどうじゃ?」
「食べたい!」
「そうかそうか、じゃあ買ってくるとしようかの。」
わしはそう言って、少し離れた露店へと足を運んだ。
ほんの数分──その程度のつもりじゃった。
海風が穏やかに吹き抜け、焼き菓子の甘い香りが漂う。
そのわずかな間に、わしは完全に油断していたのだ。
「……ん?」
ふと、胸騒ぎがして振り返る。
そこにいたはずの、少女の姿がない。
「……シュエル?」
返事は、ない。
さっきまで響いていた笑い声が、波の音にかき消されている。
「シュエル!!」
わしは通りを見回した。
けれど、行き交う人の波の中に、あの小さな姿はどこにもない。
胸の奥がぎゅっと締めつけられ、冷たい汗が背を伝った。
◇◇◇
美しい蝶が、日の光に照らされてゆらゆらと舞っていた。
淡い光を反射しながら、まるで誘うように裏路地へと消えていく。
「……きれい。」
シュエルは、ついそのあとを追ってしまった。
賑やかな通りから遠ざかり、ひんやりとした影の道。
蝶の翅だけが、そこにかすかな光を落としていた。
「お、アニキ! 上玉が釣れたぜ!!」
「ほんとだな。久々の獲物にふさわしい。」
不意に背後から聞こえる低い声。
振り向くと大男が二人、にやつきながら近づいてきた。
「な、なに……?」
逃げようとした瞬間、腕をぐいっと掴まれる。
「きゃ!助けてっ!!」
「へっ、誰も来やしねぇよ、お嬢ちゃん。」
その時だった。
「くらえっ!!」
鋭い声とともに、何かが大男の顔にぶつかる。
ドシャッと黒い液体が弾け、ねっとりと飛び散った。
「うおっ!? なんだこれ!!」
「前が見えねぇ!! くっせぇ!!」
必死に顔を拭う男たち。
その隙に、物陰から小さな影が飛び出した。
「こっち!!」
少年──ペトルス・パンが、息を切らしながら手を伸ばす。
シュエルは咄嗟にその手を掴んだ。
二人は路地裏を駆け抜け、人混みの中へと消えた。
◇◇◇
「シュエル!! どこじゃ、シュエル!!」
アレクは通りを駆け回っていた。
ドクドクとやけに心臓の音がうるさい。
埒があかないと、探索の魔法を唱えようとしたそのとき、聞こえてきたのは聞き捨てならぬ会話。
「おい、あのガキどこ行きやがった?」
「あの綺麗な薄黄緑の髪見たか?
絶対高く売れるぜ!!」
なぜか顔を真っ黒にした大男二人が、何かを探すように通りを走り去っていく。
「……お主ら、ちょっと話を聞かせてもらおうかのぅ?」
穏やかな声。
だがその笑みは、氷よりも冷たかった。
◇◇◇
「はぁ、はぁ…逃げ切れた、みたいだね。」
ペトが壁にもたれて息を整える。
シュエルも同じく、肩で息をしながら笑った。
「た、助けてくれて……ありがとう。」
「へへ、いいって。あいつら、奴隷商人なんだ。」
「奴隷商人……?」
「そう。子どもを攫って売る、最低なやつらさ。
でも大丈夫!」
ペトは胸を張って、小さな袋を掲げた。
「今度会っても、またこれでやっつけてやる!」
「それ、なに?」
「イカ墨! 料理にも使えるけど、超くさいんだ。
あいつらにはお似合いだろ?」
二人で顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。
「あ、そうだ! 昨日みたいに遊ばない?!」
「うん! いいよ!」
そう言って二人は手をつなぎ、人波の中へ駆けていった。
──あれ? なにか忘れてるような……。
◇◇◇
日が暮れるまで、二人は港町を駆け回った。
屋台のあまいお菓子を分け合い、海辺で貝殻を拾い、笑い声が風に混じって消えていく。
やがて空が茜色から群青へと変わるころ、
ふたりは港の外れの人通りの少ない丘の上に座っていた。
穏やかな波音が遠くから聞こえ、潮の香りが夜風に混じる。
「……きれいだね。」
シュエルがぽつりと呟く。
見上げれば、紺の空に星がひとつ、またひとつと瞬き始めていた。
「シュエルってさ、おじいちゃんと仲良くやってる?」
ペトが少しだけ真面目な声で言った。
「うん。すっごく仲良しだよ?」
シュエルは迷いのない笑顔で答える。
「……そっか。いいな。」
ペトの声が、波にさらわれるように小さくなった。
「俺さ、親とうまくいってなくてさ……。」
静かな沈黙が落ちた。
星が瞬く音が聞こえそうなくらいの、静けさ。
ペトは手の中の小石を弄びながら、苦笑いを浮かべる。
「はは…なんでこんなこと言ったんだろうな。
シュエルとは、なんか……似てる気がするんだ。
うまく言えないけど。」
「ペト……?」
シュエルが首を傾げると、ペトは照れ隠しのように立ち上がった。
「な、なんでもない! あっ、そうだ!」
急に明るい声で言う。
「明日さ、いいとこ連れてってあげるよ!
すっごく綺麗なんだ!」
「ほんと!? 楽しみ!」
「うん、楽しみにしとけよ!」
元気いっぱいに笑うペト。
その笑顔に、さっきまでの影はもう見えなかった。
夜風がそっと二人の髪を揺らし、潮の香りの向こうで、波がやさしく星を映していた。
◇◇◇
宿に戻ると、扉の前にアレクが待ち構えていた。
灯りに照らされたその姿は、まるで鬼神のよう。
「お、おじいちゃん……?」
低くうなるような声が返ってきた。
「一体、何時じゃと思っておるのじゃ……?」
空気がびりりと震えた。
「子供だけで出歩いてよい時間帯ではないはずじゃ!!!」
怒号に近い声が廊下に響く。
「そ、そんなに怒らなくても……!
それに一人でいたわけじゃないし!
ちゃんとペトと一緒に――」
「そのペトとやらは昨日の少年じゃな?」
「う、うん……」
「ならば尚更じゃ!!
見ず知らずの土地で、知り合って二日目の子供と夜更けまで出歩くなど、危険極まりない!!」
「…うぅ……でも、楽しかったんだもん。」
しゅんと肩を落とすシュエル。
その様子に、アレクは深くため息をついた。
「……楽しいことと、危険がないことは別じゃ。」
「でも…。」
「でもではない。」
アレクはしゃがみ込み、シュエルの目線まで顔を下げた。
怒りの奥に、心配と安堵が入り混じった瞳。
「そもそも急に姿を消すから、どれほど心配したと思っておる。
探知魔法で見つけた時、ペトルスと遊んでいるようじゃから少し様子を見ておったが……。
まさか夜になるまで戻らぬとは、夢にも思わなんだ。」
「……ごめんなさい。」
小さく俯いて謝るシュエル。
その声を聞いて、アレクの表情がようやく少しだけ緩んだ。
「……まったく。心臓に悪い孫じゃ。」
「……えへへ。」
「笑ってごまかすでない。
全く、ちゃんと反省しておるのだろうな。
次はちゃんと、わしに一声かけるんじゃぞ。」
「はい!」
「よろしい。」
アレクは立ち上がり、ふぅ、と息を吐いた。
怒りの炎はまだ少し残っているが、その手はそっとシュエルの頭を撫でていた。
「……おぬしのせいで、何歳か老けた気分じゃ。」
「え?おじいちゃん元からしわしわだよ?」
「言ったな、この小娘。」
「「あははっ!」」
ようやく空気が和らぎ、宿の灯があたたかく二人を包んだ。
第11話ありがとうございました!
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次回——ついに誘拐事件解決!?
第12話「孫、楽園を知る」
次回もぜひお楽しみに!




