第1話 わし、孫ができる。
「156年……。長い、長い、充実した人生じゃった。」
わしは重い瞼をゆっくりと閉じる。
これから起こることとは裏腹に、わしの心は穏やかだった。
《九つの杖》──九人の最強の魔法使い。
その中で最も高齢な魔法使い「アレク・レーグル」
数々の偉業を成し、生きる伝説とまで呼ばれた大魔法使いは、その長い人生にいま幕を閉じようとしていた。
「……む? 熱い。」
熱い。
夏だから蒸し暑いとかではなく、肌が焼けるような暑さだ。
そのうえ、この焦げ臭い匂い。
遠くでパチパチッと燃える音。
「何事じゃ!?」
重い身体を勢いよく起こす。
部屋を見渡す──家が燃えている。
「わしの……家が……。
誰じゃ!! わしはまだ死んでおらんぞ!?
火葬するにはまだ早いぞ!!」
慌てて魔法で鎮火し、犯人を捜すために家の外へ出た。
◇◇◇
「おっ、じいさん! 生きてたか。」
あっさり犯人は見つかった。
光に照らされて輝く真紅の髪。
左目は長い前髪で隠されているが、ちらりと覗く瞳は見る者を焼き尽くす業火の炎を宿している。
赤と黒に金の刺繍が入ったローブ。胸には鉄の胸当て。
腰には剣を携え、魔法使いというよりは騎士のような女性。
「サエル! 犯人はお主じゃな!!
生きてたかじゃないわい!!
危うく火葬されるところじゃったわい!!」
彼女の名は《灼熱の魔女》サエル・カリスト。
【九つの杖】の一人、つまりはわしの同僚じゃ。
◇◇◇
「まあまあ、じいさん。
そんなにかっかするなよ。老体にさわるぞ。」
「誰のせいで怒ってると思っとるんじゃ!!
だいたい、わしがじいさんならお主もばあさんじゃろうが!!」
わしは目いっぱいの怒りをぶつける。
じゃが、これがいかんかった。
女性の年齢に触れるものではない。
たとえ、それが百年以上の付き合いだったとしても────。
「なんだって?」
サエルの手に怒りの炎が燃え盛る。
ドカァァン!!
とてつもない轟音と爆風。
そして──崩れ去るわしの家……。
◇◇◇
「何するんじゃ、貴様!!」
「あ?」
……こいつは本当に、いくつになっても変わらん!!
何でもかんでも気に入らんとすぐ丸焦げにする。
「ま、いーか。今日はじいさんと遊びに来たんじゃないんだ。」
人の家を燃やしてすっかり怒りは治まったらしい。
この放火魔が!!
わしは全然スッキリできておらんからな!!
「ほら、受け取れ。」
ぐぬぬと拳を握り締めるわしをよそに、サエルは大きな袋を投げつけてきた。
子どもが入れそうなくらい大きな袋を──。
わしは一気に血の気が引いた。
慌てて風魔法で優しく受け止める。
「おい! 何を考えとるんじゃ!!」
サエルが無造作に投げつけた“物”は、物ではなかった。
袋の口をそっと開くと──。
歳は七、八歳ほどだろうか。
輝く薄黄緑の髪。陶器のように白い肌。
すっと通った鼻筋に長いまつ毛。まるで人形のような可愛らしい少女が入っているではないか。
「ま、まさか……?」
脳内にとんでもない考えがよぎった。
この同僚、ついに犯罪に手を染めたのだろうか……?
「お主、まさか……誘拐?」
「違う。任務中に拾ったんだ。」
拾った……そうか、拾ったのだな。
よかった。ついに犯罪者の仲間入りかと思ったではないか……。
いや、こいつわしの家燃やしたし、すでに犯罪者か?
「名前はシュエル。八歳。
任務の最中に拾った。親は死んでる。
放っておくわけにもいかないから、じいさんに預けようと思って連れてきたんだ。
じゃ、あとはよろしく。」
めんどくさそうに必要事項だけ述べて、帰ろうとするサエルを慌てて止める。
「待つのじゃ!! なぜわしなんじゃ!
わしの寿命は尽きかけておる!
おまえさんが育てればよかろう!」
わしは老い先短い老人なんじゃ。
もっと適任がいるじゃろうに。
「私はこれでも忙しいんだ。
誰かさんが“人生に満足した”とか言って働かないからな!
寿命なんぞ、いくらでも伸ばせるだろ?
あんた、人生に満足したとか言って、それをしてないだけじゃないか。
生きる理由を与えてやるから、もう一働きしろ!」
なんてことを言うんじゃ、こやつは。
もう少し老骨を労ってくれてもよかろう。
それを“もう一働きしろ”などと……人使いの荒い奴め!!
「じゃ、そういうことだから。」
とんでもない横暴な態度に唖然としていると、彼女は帰ろうとするではないか。
「おい! 待て!」
慌てて追いかけるが、彼女はこれでも世界最高の魔女。
瞬間移動で、あっという間に消えてしまった。
こういう奴じゃと分かっておったが……。
スウスウと規則正しく寝息を立てる少女に目を向ける。
魔法がかけられているのか、深い眠りについていて起きる気配がない。
この子に罪はないか……。
まったく、これからどうしろと言うのじゃ。
こんな小さな女の子と二人暮らしなど初めてじゃ。
安らかに生を終えるはずじゃったのに……。
わし、おちおち死ねぬ。
はぁ、と何度目かの大きなため息をつき、わしは自らの身体に魔法をかけた。
これから始まる怒涛の生活に備えて――。
◇◇◇
「これで、あいつもしばらくは大丈夫かな。」
サエルは箒に跨り、帰路についていた。
ああ言って半ば無理やり押しつけはしたが、彼女は心の中では心配していたのだ。
アレクが“死を選ぶ”のではないかと――。
魔法使いには、いくらでも延命の術がある。
過去には三百二十歳まで生きた魔法使いもいたほどだ。
もちろん魔法使い自身の素質や魔力量によって変わってくるのだが、アレクの実力を考えれば三百二十歳など余裕で越えられるだろう。
ただ……延命の魔法を使うかどうかは本人次第。
実際に三百二十歳を越えられる魔法使いは大勢いただろう。
だが、皆それを選ばなかった──。
大事なのは、生きる理由があるかどうか。
百五十年も生きたのだ。十分、人生に幕を閉じてもおかしくはない。
長生きが正義というわけでもない。
だから、これはわがままなのだ。
親しい者の、どうしようもないわがまま。
生きられるのなら、生きてほしい。
少しでも長く、この世界にいてほしい。
彼の弟子たちや他の魔法使いたちも、たびたび彼女に相談していた。
“アレクが死を選ぶのでは”と。
できることなら止めてくれと。
彼は多くの者から愛されていた。
まだ生きていてほしいと願う者は多い。
かく言う彼女も、そのひとりだった。
ーーそう、これはわがままなのだ。
◇◇◇
「まったく……サエルには困ったものじゃ。」
サエルとの付き合いは長い。
アレクが魔法学校時代の同級生なのだ。
実に百四十年近くの時を共に過ごしてきた仲だ。
まあ、そのぶん苦労もあるのだが……。
わしがどれほど後始末をさせられたことか……。
だが、わしの人生において一番気が許せる相手であるのは間違いない。
だから、アレク本人もこの行動がサエルの心配からくるものであることは気づいていた。
「はぁ……ひとまず家を直すとするかの。」
黒焦げになってしまった我が家へと向き直る。
その時、近くに置いておいた袋がモゾモゾと動いた。
袋から少女が顔を出し、ゆっくりと瞼が開かれる。
深い海のような輝きを放つサファイアの瞳と目が合う。
その瞳に、どこか懐かしさと危うさを見た。
「おじいちゃん、誰?」
鈴のように可愛らしい声だった。
第1話、大幅に改変しました!
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次回──
第2話 孫、初めての街へ。
シュエルとアレクの日常がスタートします!




