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君と読む終末の恋  作者: Yue
物語を読む、第一の夜
7/7

1-5

「……君のことは、知ってる。ずっと、ずっと昔から」


そう言われて、私は咄嗟に言葉を返せなかった。

胸の奥がざわめいて、何かがこみ上げそうになる。


でも、思い出せない。

この人を知っているのか、知らないのか。

どこで会ったのか、なぜ“懐かしい”と感じるのか。


何もかもが霧の中にあるようで、言葉が出てこなかった。


「……誰……?」


ようやく出てきた声は、かすれていた。


彼は困ったように、けれど優しく笑った。

その笑顔が、どこか痛々しかった。


「ユリウス。俺の名前は、それだけ」

「君にとって、どういう存在だったのか――それは、きっと、君が思い出すことだと思う」


答えになっていないようで、でも、それ以上何も聞けなかった。


ユリウスはそっと私に近づいて、手を差し出した。

さっきと同じように、迷いのない仕草で。


私はためらったけれど、その手を取った。

彼の手はあたたかくて、体の奥の冷たさが少しだけ溶けていくようだった。


「まずは、身体を休めよう。君、だいぶ長く眠ってたんだよ」


「……長く?」


私は思わず聞き返す。

ユリウスは曖昧にうなずいた。


「ここに倒れてから、三日くらいかな。目を覚まさないから、村のみんな心配してて……。でも、君は生きてた。ちゃんと、ここにいた」


三日間も?

私は図書館で本を読んで、それから……それから――


「ねえ」

私は立ち止まり、彼を見上げた。


「ここは、どこ……なの?」


問いかけに、ユリウスは少しだけ目を細めた。


「……“君の物語”の舞台だよ」


「……え?」


彼は笑った。

それは冗談のようで、冗談には聞こえなかった。


「まだ、思い出してないんだな。でも大丈夫。君は、きっと読み返す。忘れた章を、失ったページを、これからもう一度」


私の鼓動が、ふいに速くなる。

彼の言葉が、なぜだか頭の奥にひっかかった。


“読み返す”。

“失ったページ”。

“物語”。


――それは、私が図書館で感じたことと、まったく同じだった。


「君はね、記録を綴る者だよ。……違ったかな、“読む者”って言った方が近いのかな」


「どういう……意味……?」


その言葉の続きを、私は最後まで聞けなかった。


目の前の風景が、ふいにゆらいだ気がしたから。


ほんの一瞬。

ユリウスの背後に、なにか“ページの断片”のような光がきらめいた気がした。


けれど、瞬きをしたときにはもう、何もなかった。


私はただ、胸の奥で何かが“めくれる音”を聞いたような気がして――黙って、彼の背についていった。

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