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君と読む終末の恋  作者: Yue
物語を読む、第一の夜
6/7

1-4

足音は、消えていた。


確かに聞こえたはずだった。

風の音とは違う、草を踏む音。人の気配。


私はそっと振り返る。


誰もいない。

草原の向こうには、揺れる木々と丘の影。

だけど、そのどこにも人影は見えなかった。


「……幻聴?」


自分の声が少しだけ震えていた。

こんな静かな場所で、自分の声がこんなにも頼りなく聞こえるなんて。


私は立ち上がり、少しだけ歩いてみた。

重力がある。風が肌をかすめる。足元の草の感触は、本物だ。


でも――やっぱり、どこか違う。

見えるものすべてが、美しすぎる。

光の粒が揺れて、空はあまりにも青く、草の匂いは濃すぎた。


現実のようで、夢よりも精巧な。

これは、私が“読んだことのある風景”だ。


「……やっぱり、ここは……」


そのときだった。


「――おい、君! 大丈夫か!」


風の向こうから、はっきりとした声が届いた。

今度は幻じゃない。確かに誰かが、こちらに向かって走ってくる足音がした。


私は瞬間、体がこわばった。

警戒でも、恐怖でもなく――

理由のわからない、胸の痛みに近い感情が突き上げてくる。


誰かが近づいてくる。

知らないはずなのに、胸がざわつく。


草をかき分けて現れたのは、一人の青年だった。


栗色の髪が光に照らされて、緑色の瞳が優しく揺れていた。

少し汗ばんだ額。焦ったように眉をひそめながらも、どこか懐かしい顔。


初対面のはずなのに――


「……っ」


目が合った瞬間、息が止まった。


青年は立ち止まり、私の顔をまじまじと見つめた。

ほんの一瞬、何かを確認するように。


それから、安心したように微笑んだ。


「やっぱり……君だ」


その声に、私は――言葉を失った。


誰?

どうしてそんなふうに、私を知っているような顔で?

私の名前を、まだ何も知らないはずなのに。


でもその言葉が、なぜか心に触れた。

優しくて、温かくて、泣きたくなるほど懐かしかった。


「君のことは、知ってる。……ずっと、ずっと昔から」


そう言って、彼はそっと手を差し出した。


私は、答えを知らないまま、その手を見つめる。


取るべきか、拒むべきかもわからなかった。

でもその手だけが、この場所でたったひとつの“確かなもの”に思えた。

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