表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と読む終末の恋  作者: Yue
物語を読む、第一の夜
3/7

1-1

夕暮れの図書館には、人の気配がほとんどなかった。

閉館時間が近づいていて、外の空は茜に染まり始めていたけれど、私はまだ片づけを続けていた。


「……今日は、静かだな」


小さく呟いた声が、自分でも驚くほど鮮明に響いた。

たくさんの本に囲まれながら、私は一人きりで働いていた。

図書館の非常勤職員という名の地味な仕事は、誰にも注目されない。だけど私は、この場所が好きだった。


誰も話しかけてこない。誰も干渉しない。

ただ、本たちだけが、私の時間を埋めてくれる。


古びた木の棚に、書籍の背表紙がずらりと並ぶ。

手入れの行き届いたその中で、私は“違和感”を感じた。


――一冊だけ、知らない本があった。


手に取ったそれは、革の装丁が施されていて、重みもある。

けれど、表紙にも背表紙にも、どこにも“名前”がなかった。


著者の記載もなく、タイトルも記されていない。

ラベル番号さえ貼られていないなんて、普通ならあり得ない。

見落とされてきたというよりも、まるで“最初から誰にも見られていなかった”かのように、そこにあった。


私は思わず、その場にしゃがみ込んで本を開いた。


最初の数ページは、白紙だった。

それでも、指は止まらなかった。


白紙の向こうに、確かに“何か”がある気がして。

この本は、私に読まれるのを待っていたのだと思った。


ページをめくる。

活字は、やがて言葉になり、言葉は物語になっていく。

その物語はどこか懐かしく、どこか苦しくて、でも目を離せなかった。


――ああ、これを私は知っている。

でも、知らない。

まるで、忘れてしまった夢の続きを読んでいるみたい。


ふと、指が止まった。


次のページをめくる前に、なぜか、涙がこぼれた。

理由はわからない。でも、胸の奥がどうしようもなく、痛かった。


「……終わりたくないのに」


呟いた私の視界が、すうっと暗くなる。


目を閉じたわけではなかった。

でも、図書館の空気が遠ざかっていくように感じた。

音も、光も、重力すらも。


本の世界に吸い込まれていくような感覚。

ページの向こう側に、“誰かが私を待っている”気がした。


──そして、私は落ちた。


現実から。

日常から。

そして、名前のない物語の中へと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ