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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きみが隣に

矢崎(やざき)が好きだ。付き合ってください!」


クラスメイトに体育館裏に呼び出され、なんだろうと思ったら突然告白された。


「……は?」

「付き合ってください!」

「俺、瀬尾(せお)とほとんどしゃべったことないし、よく知らない人と付き合えないよ」


瀬尾はいわゆる陽キャグループで、美形なのもあって人気者。いつもひとりでいる俺の位置づけは正反対だ。接点もないのに好きだと言われるのもわからない。男性同士の恋愛をどうこう思わないけれど、まさか自分が男子に告白される日がくるとは思わなかった。というか俺みたいな平凡中の平凡が誰かに告白されること自体、驚きの出来事なんだけど。


「だから、ごめんなさ――」

「友だちからでいいから、お願い!」


両手を合わせて拝むように頭を下げる瀬尾に、どうしたものかとそっとため息をつく。でも人に好かれていること自体は嬉しいし……。


「……わかった」

「!」

「友だちからなら」

「ありがとう!」


抱きつかれそうになって慌ててよけると、瀬尾が、ごめん、と言う。全然友だちらしくなくて焦ってしまう。それとも、ハグくらい友だち同士ならあたり前なんだろうか。


「じゃあ、一緒に帰ってもいい?」

「いいけど」

「やった」


無邪気に笑う瀬尾は可愛くも見えて、みんなから人気があるのがわかる気がする。一緒に教室に戻って通学バッグを取ってからふたりで学校を出た。


「矢崎は電車?」

「うん」

「俺も。駅まで一緒に行けるな」


昨日……いや、三十分前にもこんなことになるとは想像もしなかった。まさかあの瀬尾と一緒に下校するとは。

そうだ、とずっと気になっていたことを聞いてみる。


「なんで俺なの?」

「え?」

「瀬尾なら選び放題なのに、俺を選ぶ理由はなに?」

「えっと……」


少し困ったような顔をする瀬尾に俺は首を傾げる。


「選び放題なんてことないけど……矢崎の、その、みんなと違う感じが気になって」


なにか隠しているような様子に見えるけれど、気のせいだろうか。


「ふうん……」


ここはあまり深く突っ込まないでおく。瀬尾の目が泳いでいるのも見ないふりをした。


「俺、ひとりでいるのに慣れてるから迷惑かけちゃうかもしれないから先に謝っておくね。ごめん」

「え……」

「話すのとかうまくないし、面白いことも言えないし」

「謝るなよ!」


ひとつ頭を下げると、瀬尾が慌てたような声を出して俺の肩に触れた。顔を上げると、瀬尾は真剣な表情で俺をまっすぐ見ている。


「そういうの、謝ることじゃないだろ。人には得意なことや不得意なことがあるんだし」

「……うん」

「矢崎はそのままでいいんじゃない?」

「……」


瀬尾が好かれる理由がわかる気がする。こういうことをさらりと言えるから人が自然と寄ってくるんだ。ほとんど話したことがないからわからなかったけれど、瀬尾は優しい人なのかもしれない。


「ありがとう、瀬尾」

「なんで?」

「言いたかったから」

「……そう」


瀬尾をもっと知ってみたい。






「矢崎、昼一緒に食おう」

「いつも俺といていいの?」

「俺が矢崎といたいから、いいの」


誘われるままに連れ出されて、屋上に向かう。暖かい陽射しの中でふたりでパンを食べる。


「矢崎、そのパンうまそう。一口ちょうだい?」

「いいけど」


ちぎって渡そうとすると、その前に俺の持つパンに瀬尾がかぶりついた。


「うまい。俺のも食う?」

「……いい」


これって間接キスってやつじゃないの? と思いながら手に持つパンを食べる。なぜかどきどきしてしまう心臓に、静まれ、と言い聞かせて平静を装うけれどうまくできているかはわからない。


「今日の数学も眠かったー。あの先生、話すのゆっくりだから眠気誘うんだよね」


瀬尾がひとつあくびをする。


「じゃあ速ければいいの?」

「それもリズム感があって眠くなる」

「結局眠いんじゃん」


二個目のパンの袋を開ける瀬尾の手つきが綺麗で、なんとなく見てしまった。指もすっと長くて爪の形まで整っている。


「矢崎は授業でわからないところ、どうしてる?」


綺麗な手から目を上げれば、端正な顔。向かい合う俺は極めて平凡顔。不公平だな、と少しだけ思う。


「とことん復習する。そうしないと平均点以下に落ちるかもしれないから」

「復習かー……苦手だ」


うげ、と言うのでおかしくて笑うと、瀬尾が驚いた顔をする。


「なに?」

「いや……なんか」

「なんか?」

「笑顔が……」

「……?」


その頬が少し赤くなって、なんだろうと首を傾げると、瀬尾はぶんぶんと首を横に振った。


「なんでもない!」


口を大きく開けて豪快にパンにかぶりついた瀬尾は、すぐにむせて涙目になる。本当によくわからない。


休み時間や学校帰りなど、瀬尾とふたりで過ごす時間が増えていった。瀬尾は知れば知るほどいい奴だと思う。ちょっと咳をするとのど飴をくれたり、風邪ひくなよ、と声をかけてくれたり、脚が長い瀬尾は歩くスピードも速いはずなのに必ず俺に合わせてくれたりもする。歩くの速くない? と、ときどき声をかけてくれる気配りもすごいなと思う。もともと気遣いのできる人なんだろう。一緒にいると居心地がよくて笑顔になれる、不思議な魅力に溢れた男。

もらったのど飴を、なんとなく大切に取って置いてしまった。






「すごい……」


テストの成績上位者が貼り出されて、四位に瀬尾が入っている。


「なに見てんの?」

「瀬尾」


隣に瀬尾が並んで、俺の視線の先を辿る。


「テストの成績上位者? こんなのあるんだ」

「知らないの?」

「知らなかった」


興味がないということかもしれないけれど、それもすごい。


「復習は苦手とか言ってたくせに、四位じゃん」


今まで意識して瀬尾の名前を上位者の中に探したことがなかったけれど、もしかしたら毎回上位に入っているのかもしれない。俺は上位に入ったことなんて一回もない。


「苦手だし、たまたまだよ」

「『うげ』とか言ってたもんね」

「そう、うげ」


ははは、と笑った瀬尾は、自分の頭を指さして今度は真面目な顔をする。


「テスト前日にがーっと勉強して頭に詰め込んで、当日は覚えた内容が落ちてこないように頭を揺らさず登校するの。それで解答用紙に書きながら忘れていくっていう……」

「どこまで本当?」

「全部ほんと。やってみな」


俺の頭を軽く小突く瀬尾がいたずらっぽく笑うから、つられて笑ってしまう。


「やってみる」


うん、とひとつ頷いて瀬尾を見ると目が合った。


「矢崎のそういう素直なとこ、いいよな」

「え?」


瀬尾が柔らかく微笑んで俺をまっすぐ見つめてくる。


「笑顔が可愛いんだから、いつも笑ってろよ」


そんなことを言われたのは初めてで、どきどきする。俺が笑うとき、瀬尾が隣にいるんだろうか。






瀬尾とふたりでいることに慣れてきたある日、俺は委員会の集まりがあった。終わるのを待っているという瀬尾をなるべく待たせないように早足で教室に戻ると、瀬尾と、瀬尾の友人の半田(はんだ)がなにやら話している。


「瀬尾、うまくやってんじゃん」

「なにが?」


邪魔しないほうがいいかな、と廊下から教室内の様子を窺う。


「ネタばらしした? 矢崎に」

「してない。するわけないだろ」


ネタばらしってなんだろう、と教室の中を少し覗き込むと、にやにやと笑う半田と、なぜだか複雑そうな表情をした瀬尾。半田が瀬尾の首に腕を回し、その髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。


「言えるわけないよなあ! 『罰ゲームで告ったんだ』なんて!」

「声でかいよ」


罰ゲーム……。

足元がぐらぐらして、床が崩れていくような感覚にしゃがみこみそうになるのを堪える。だから、どうして俺なのかを聞いたときに様子がおかしかったのか、と腑に落ちた。逆にすっきりしたような気分にもなる。罰ゲームじゃなければ瀬尾のような人気者が俺みたいなのに告白するなんてありえない。考えてみればすぐわかるようなことなのに、今までそれに気づかなかった俺が脳みそお花畑なんだ。


「……」


そっと教室から離れて、どこに行くでもなく歩き出す。教室から「キスくらい済ませた?」と半田の声が微かに聞こえてきた。


「……っ」


心が凍っていく。瀬尾の優しさも気遣いもゲームの一環だったのかと思うと、それに居心地のよさを感じていた自分が馬鹿みたいで、泣きたくなるくらい苦しい。あの告白された日、帰り道での違和感のときに瀬尾を問い詰めていたら、こんな気持ちにならずに済んだんだろうか。


「あー……」


本当に馬鹿みたいだ……瀬尾に惹かれていたなんて。ショックを受けている自分にもショックで、視界が涙で滲んできた。でもこんなところで泣くわけにはいかないので近くの水道で顔を洗う。

罰ゲーム。

瀬尾は全然いい奴でも、気遣いのできる人でも優しい人でもないことを知った。




結局、下校時間ぎりぎりまで校内をぼんやり歩き回ってから教室に戻った。そのときには半田はもういなくて瀬尾だけだった。


「遅かったな。お疲れさま」

「……うん」


瀬尾の目を見られない。待つのに疲れて先に帰ってくれたらよかったのに、と思いながら、待っていてくれたことに少しだけほっとしている自分がいる。瀬尾の笑顔が心に痛い。


「じゃ、帰るか」

「……」


いつまで俺のそばにいるつもりだろう。いつになったらネタばらしをするつもりだろう。ちらりと表情を盗み見ると瀬尾は平然とした顔をしていて、そんなことにも傷ついてしまう自分にため息をつく。


「矢崎、なんか静か?」

「そう?」

「委員会で疲れた? 長かったもんな」

「そうかも」


なにも話したくない。適当な相槌を打つだけでこちらからは話しかけずにいると、瀬尾が心配そうに顔を覗き込んできた。それに腹が立って顔を背ける。腹が立つのに、気にかけてもらえることは嬉しい……心が複雑に揺れていて、俺はどうしたらいいんだろう。


「疲れてるなら早く帰ろう。しっかり休めよ?」


そういう優しさも全部作り物だってわかってしまった。罰ゲームだから仕方なくやっているくせに、まるで本当に心配しているような顔をする。演劇部にでも入ればいいのに。

いや、もしかしたら本当に心配してくれているのかもしれない……ありえない、罰ゲームだからやっているだけだ……思考が交錯してどんどん自分で自分がわからなくなっていく。


「じゃあな」


瀬尾が手を振っているのを無視して俺は自分の乗る方向の電車のホームに行く。

嫌いだ。瀬尾なんか大嫌いだ。

帰宅して、取ってあったのど飴の個包装を乱暴に破り、飴を口に放り込んで噛み砕いた。止まらない涙は瀬尾のせい。






「矢崎、友だちから恋人になってください」


それから三日後、瀬尾が更に心がぐちゃぐちゃになることを言ってきた。虚しさに思わずため息をついてしまう。下校途中の、駅までもう少しというところでのこと。


「今度はなにに負けたの?」

「え?」

「俺に告白したの、罰ゲームだって知ってるよ」

「!」


目を見開いた瀬尾の表情が、驚きから焦りへと変わっていく。


「なんで知って……」

「瀬尾が半田と話してるの聞いちゃったから。それで? また負けたの?」


瀬尾から視線を逸らして足元を見る。二回もなんて、こんな奴だと思わなかった。最低だ……瀬尾も、瀬尾に惹かれていた俺も。脳裏に浮かぶのは、俺に向けられた優しい笑顔。でもそれは作り物だった。


「そうじゃない! 俺は本当に矢崎が好きで……!」

「信じると思う?」


俺の言葉に固まった瀬尾が口を噤む。ひどく傷ついたような表情をするから胸が痛くなるけれど、傷ついているのはこっちのほうだ。


「……本当に俺が好きなの?」

「……」


なにも言わずただ頷く姿を空っぽの心で見つめる。その瞳が微かに揺れているけれど、これも演技だろう。

……でも、やっぱり瀬尾を信じたい自分がいる。


「本当に俺が好きなら、二度と話しかけないで」


それでも瀬尾を忘れたいのも本当。だってすごく苦しいんだ。瀬尾の笑顔が頭に浮かぶと、心臓を抉られたような痛みに襲われる。


「……ごめん」


静かに謝り俯く瀬尾に、唇を噛む。

馬鹿みたいだ……。

涙が溢れそうになるのを堪えながら、瀬尾を残してその場を去った。






それから瀬尾は一切俺に話しかけず、近寄らなくなった。ただ寂しそうな視線をときどき送ってくる。そんな目をされても、また傷つくのは嫌だ、と無視する。これ以上苦しい思いをしないためにはそれしかない。

徐々に瀬尾はいつも一緒にいた陽キャグループの輪から外れ、ひとりでいるようになっていった。最初は声をかけていた仲間たちも、瀬尾が無反応なので相手にしなくなったようだ。

……結局俺は、瀬尾が気になって仕方がない。


「あ……」


ペンケースを落としてしまい、中身が床に散らばる。視線を感じてそちらを見ると、瀬尾が心配そうな瞳で俺を見ている。


「……」


絡まった視線をすぐに逸らして交差を断ち切り、ペンを拾いながら自分で言った言葉を思い出す。


――本当に俺が好きなら、二度と話しかけないで。


瀬尾は本当に俺が好きなのかもしれない。でもまた裏切られたらと思うと、話しかける勇気はない。

瀬尾があの日から一度も話しかけてこないことが、俺にとっては最後の砦でもあった。






苦しいばかりの日々を過ごしていたら、ある日半田から声をかけられた。あのとき教室で瀬尾に罰ゲームの話をしていた相手だ。放課後の教室、今日は半田と俺のふたりきり。


「ごめん、矢崎!」

「……謝られても」

「本っ当にごめん!!」

「……」


土下座をしそうな勢いで頭を下げて謝る半田に少し引きながら、頭を上げて、ととりあえず言うと半田は上目遣いで俺を見た。


「……怒ってるよな?」

「別に」

「怒ってる!」

「別にって言ってるじゃん。もう帰っていい?」


瀬尾と罰ゲームのことを思い出してしまうから、本当は半田とも関わりたくない。俺が帰ろうとすると半田がもう一度、ごめん、と言う。


「いいよ、もう……」


全部終わったから。……いや、終わっていないのかもしれない。結局苦しいままで、なにも変わらない。瀬尾に近づけば、きっとすぐにまた惹かれていく。


「……瀬尾、嫌がってた」

「え……?」

「あの罰ゲーム、小テストの点数で瀬尾が負けたからだったんだけど、負けた奴が告るって内容で」

「……聞きたくない」


本当に帰ろうとする俺の手首を半田が掴むので眉を顰めると、半田はいつもと全然違う静かな声で言葉を続ける。


「あいつ、あれで頭いいだろ」

「……うん」

「だから瀬尾が負けてみんな面白がっちゃって……俺も面白がったひとりなんだけど」

「……」

「女子に告ったら絶対オーケーだから矢崎に告れって言われて、瀬尾はそういうのは嫌だって言った」


もう聞きたくない……でも聞かないといけないような気もする。だけど、真実は瀬尾の口から聞きたい。こういうことは、きちんと瀬尾の口から……。

優しくて眩しい笑顔が脳裏に浮かぶ。


「瀬尾は最初から、負けたら告るっていうのを嫌がってたんだ。俺たちが面白がってやらせた。矢崎はいつもひとりでいたし、からかってみようって」

「最低だね。面白がった半田たちも、嫌がりながらでもやった瀬尾も」

「そのとおりだよ。でも本当に最低なのは俺たちだけで、瀬尾は違う。何回謝っても許してもらえないと思ってるけど、それはわかってほしい」


最低なのは半田たちだけ……それを簡単に納得できたらどんなに楽だろう。


「……わかったよ。もう帰っていい? 手、離して」


ここはこれで切り抜けようとわかったふりをして掴まれたままの手に視線を落とすと、その手に力がこもったので半田を見る。これ以上ないくらい真剣な表情を向けられて怯んでしまう。


「瀬尾は本気で矢崎が好きだよ」

「……」

「罰ゲームのとき、瀬尾に状況を報告させてたけど、すぐに『もうなにも話さない』って言われた。あいつ、矢崎といるとすごく楽しそうだった」

「……知らないよ、そんなの」


半田の手を振り払おうとしても力が強くて敵わなかった。


「俺たちのことはめちゃくちゃ嫌って無視していいから、瀬尾のことは嫌わないでやってほしい」

「だったら最初からそんな馬鹿な罰ゲームやらなければよかったんじゃない?」


結局そこに戻るから、この話は進まない。もう帰りたい。聞けば聞くほど心の中の瀬尾がどんどん大きくなっていって苦しくなる。


「……ごめん」

「だからもういいって。離して」

「矢崎が瀬尾を嫌いじゃないって言うまで離さない」

「なっ……」


なにを言い出すのかと半田の顔を見ると、怖いくらい真剣な瞳で俺をとらえる。面白がっておかしな罰ゲームをさせたりしたけれど、半田も瀬尾が大切なんだ。


「お願い、矢崎。本当は瀬尾を好きになってほしいけど、そこまでは俺にどうにかできる問題じゃない。でも嫌わないでやってほしい」

「……」

「あいつ本当にいい奴なんだ! ふざけるときもあるけど、根は真面目だし優しいし……!」

「……知ってる」


話しかけないでと言えば、本当に一切話しかけないくらい真剣に俺の気持ちを考えてくれるし、それだけ俺を――。

でも、もうどうにもできない。近づくのが怖い。俺が口を噤むと沈黙が流れた。


「半田? ……矢崎、も……」

「!」


その沈黙が突然破られた。弾かれたように顔を上げると、教室の入り口に瀬尾が立っている。瀬尾は半田が俺の手首を掴んでいるのを見て眉を顰める。


「なにしてんだ」


険しい表情をした瀬尾に俺は焦り、離してという意味をこめて掴まれた手を引くと、半田は少し考えるように視線を動かした後、口角を上げて俺の手を引き返した。その勢いのまま、半田に肩を抱かれる。


「告ってたりして?」

「ち……」


違う、と言おうとするけれど肩を抱く手に力がこもり、半田を見ると視線で言葉を止められる。


「は? そんなの絶対認めない」

「瀬尾に認めてもらうことじゃないし、矢崎のことは前から可愛いかもって思ってたし?」


半田がいつもの軽い口調で言うと、瀬尾の表情がますます険しくなる。


「瀬尾がどうしても矢崎のこと好きでしょうがないって言うなら諦めるけど」

「……っ」


瀬尾がはっとした様子で俺を見て、すぐに視線を逸らした。


「言えよ、瀬尾」

「……」


瀬尾も半田も睨み合うように互いを見つめ、緊迫した空気に俺のほうが身体に力が入る。でも、瀬尾の瞳を見たら言葉なんて必要なかった。


「……言わないでいいよ、瀬尾」


睨み合っていたふたりが俺を見る。大丈夫、もう充分だ。


「もう、わかったから」

「矢崎……でも瀬尾は……」

「いいから」

「……」


口を噤んだ半田から距離を取って、瀬尾に近づいて顔を見る。やっぱりだめだ、惹かれてしまう……そばにいたいと思ってしまう。裏切られるかもしれないのに、離れた時間で瀬尾の心を見てしまったから、ただ責めることができない。俺が言ったとおり、一切話しかけてこなかった瀬尾。そして俺は瀬尾が気になってどうしようもなかった。

じっとその顔を見る。本当はずっとそばで見ていたかった。こんなに苦しそうな表情をしている瀬尾に心を動かされないなんて無理だ。


「瀬尾、ちゃんと説明して。瀬尾の口で。それが先だよね?」

「矢崎……」

「罰ゲームのこと。瀬尾の気持ち……全部」


おずおずと俺のほうに手を伸ばした瀬尾が、触れる寸前にぎゅっと拳を握り、それから力を緩めて俺の肩を手でぱっぱっと払う。


「なに?」

「半田が触ったから。汚れ落とし、厄除け」

「ひでー言い方」


半田が笑いながら手をひらひらと振って教室を出て行く。もう一度瀬尾に向かい合い、その瞳をまっすぐ見つめる。


「瀬尾……」

「ごめん、矢崎。全部説明する」


先程半田から聞いた、小テストの点数で負けて罰ゲームをしたこと、女子だと絶対オーケーされるから、といつもひとりでいる俺に告白するように言われて、嫌だったけれど負けたのは事実だからと渋々告白したこと、本当はあの罰ゲーム自体嫌だったこと……なにも隠さず教えてくれた。


「友だちからでオーケーしてもらったから、それでよかった。でも、そばにいればいるほど矢崎は素直でいい奴で、知らない表情とか見て気になっていって……」


瀬尾の気持ちは本当に本当なんだ、と思ったらようやく安心できた。そうしたらふっと肩の力が抜けて心が楽になった。


「本当に矢崎が好きなら二度と話しかけるなって言われて……ショックだったけど、当然だとも思った。それだけ矢崎を傷つけたんだよな……」

「すごく傷ついたよ。俺だって瀬尾に惹かれてたから」

「え?」


一度俯き、ぎゅっと目を閉じて、勇気を出せ、と心の中で自分に言ってから顔を上げる。


「俺、瀬尾のそばにいたいと思ってた。俺が笑うとき、瀬尾に隣にいてほしいって」


頬が熱いし、恥ずかしくて逃げ出したい。瀬尾もまっすぐ俺を見つめているので、情けないことになっていると思う表情も震える声も隠せない。


「瀬尾のこと……すっ……好きになっちゃってたんだから、責任取ってよ!」


自分で言って更に頬が熱くなった。言うにしても「責任取って」はないだろう。瀬尾もぽかんとしている。


「矢崎……?」

「……瀬尾の馬鹿……。瀬尾なんか、ずっと好きでいて困らせてやる……」


もうなにを言ってもぐだぐだで、それでも言いたいことは言いきった、とその場にしゃがみ込む。力が抜けたから自然とそうなってしまっただけなんだけど。すると瀬尾もしゃがんで俺と視線を合わせてくる。困ったような、それでいて嬉しさを隠せないで口元が緩んでいる表情に頬がどんどん熱くなっていき、耳まで熱い。


「……ほんとに困らせてくれるの?」

「……」

「そんな嬉しいこと、してくれるの?」

「……」


瀬尾を見て、ひとつ頷いてから俯いて顔を隠すと、勢いよく抱きつかれて尻もちをつく。


「好き、矢崎が好き……すごく好き」

「何回も言わなくてもいいよ……」

「嫌だ。言う」


微笑みながらも僅かに瞳が揺れている様子が切なくて、どうしたらいいかわからない。そっと瀬尾の頬に触れると、瀬尾はその手を取りぎゅっと握った。触れた指先が震えている。


「矢崎が好き」

「うん。俺も、瀬尾を好きになっちゃった……最低なのに」

「ごめん……」

「いい。瀬尾が最低じゃなければ話すこともないまま終わってた。でも、もう人の気持ちで遊ぶようなことはしないで」

「二度としないって約束する」


ふたりで床に座り込んで、瀬尾が俺の頬に触れ、俺も瀬尾の頬に触れる。時が止まったように見つめ合い、引きつけられるようにどちらからともなくゆっくり唇を重ねた。


「決めた」


唇を離し、至近距離で俺を見ていた瀬尾が頬にまでキスをくれて、今更どきどきし始める。


「なにを?」


くすぐったいキスに目を細めると、瀬尾が微笑む。


「矢崎をめちゃくちゃ傷つけたから、これからはそれ以上に矢崎を笑顔にする。世界一笑顔でいっぱいにする」

「そんなことできるの?」

「できるんじゃなくて、するの。そうしたいから」


両手で頬を包まれ、もう一回唇が触れ合って離れる。


「そっか……でもそんなの簡単だよ」

「そんなことない。俺、矢崎を笑顔にできるように精いっぱい頑張る」

「うん、頑張って。瀬尾が隣にいたら俺はずっと笑っていられるから……ん」


キスで唇が塞がれ、瞼や額、顎にも唇が触れて離れて、また触れるとくすぐったくて笑ってしまう。


「ほんとだ……矢崎の可愛い笑顔」

「可愛くはないけど」

「可愛いよ」


ちゅっと音を立てて唇に啄むキスが触れる。唇が離れていき、恥ずかしいけれど勇気を出して俺からもキスをした。


「や、矢崎……」


頬を少し赤く染めた瀬尾が口元を手で隠す。俺は顔が熱すぎて火が出そうだ。


「やば……嬉しすぎる」


お返しと言うように瀬尾が更にキスをくれた。キスって幸せすぎてクセになる。もっとキスがほしくなってしまう。


「瀬尾、ありがとう」

「ん?」

「罰ゲームが瀬尾でよかった。場合によっては俺は今頃瀬尾以外の誰かと――」

「やめろ、想像もしたくない!」


言葉を遮る強引なキスもどきどきする。瀬尾が俺の肩に額をつけてひとつ息を吐き出す。


「罰ゲーム最悪って思ってたけど、俺でよかった……」

「そうだね」


少し意地悪を言ってしまったけれど、これくらいは許してもらおう。


「矢崎」

「なに?」

「好き」

「うん……俺も、瀬尾が好き。だからずっと瀬尾に隣にいてほしい」

「絶対矢崎の隣にいる。離れろって言っても離れないから」


顔を上げた瀬尾と目が合い、もう一度唇が重なった。




END





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