第五話 私にはかなわない
さて、この狼は少々厄介だ。
一体ならまだ楽だが、二体となると骨が折れる。私の未来視は断片的で、時が流れる動画風ではないので。眼に映る敵の行動を読み、動く。今の刻骸に対して面倒というのが本音だ。
先までの雑魚相手ならば、この今の眼と未来の眼で対応が楽であった。しかし、一撃では恐らく沈まない刻骸、これにより未来が見えたとしても対処が難しくなる。
「荒っぽくは無理か」
少し離れたところでポカンと口を開けているユウも役に立ちそうにはない。あいつは何をしにここへ来たのか、目的を忘れてはないだろうな。まあ、初陣故、仕方のない部分はあるだろうから眼を瞑っておく。
思考を切り替え、銃口を敵へ向ける。一発。それを撃った瞬間に未来視発動。相手の避ける場所にあらかじめもう一方の拳銃で発砲する。
「なっ」
一度目の弾丸は回避され、二度目の弾丸は噛み砕かれた。ならば、私は駆け出し、宙へ飛んだ。左右に跳弾で二発ずつ刻骸を挟み込むよう銃撃する。宙返りをして踵落としの追撃も試みた。オーバークロック状態の速度には追いつけまい。過信して、右方の弾丸を噛み砕く刻骸だが、左方の銃弾をまともに受け、更には宙からの踵落としが決まった。
「これでどうだッ」
踵落としの勢いのまま、ゼロ距離からの銃撃を目ん玉に二丁浴びせる。そのまま銃口は左方に、ゆっくりと引き金を引いた。
「その未来も既に見えている」
もう一体の刻骸が牙を向いてくるが、笑止。知能のない獣に負けることはない。弾丸は噛み砕かれるが、私にはもう一方の拳銃がある。跳弾で刻骸の胴を狙った。
「グァァァ」
「よっと」
私は再び体を反らせて刻骸を跨ぐように宙へ飛んだ。上からの銃撃を容赦なく浴びせる。命中を確認し、床に着地し足を滑らせると、今度は刻骸に走った。既に拳銃のマガジンは空っぽだ。そのため、弱っている姿を見て撃退しようとするが、相手は振り返りこちらに牙を向いた。
咄嗟に方向転換、踵を弾かせ距離を取る。両手の拳銃を左手で持ち、回転弾倉をオープン。マガジンを右手に、素早く二つの拳銃を装填。
「フィナーレだ」
未来視により、銃の乱射。適当に撃っているようで、実に精密に敵の動きを把握して完膚なきまでの敗北を知らしめてやった。
「ふぅ。終わった終わった。ユウ、見ていたか? ってそっちも戦ってたのか」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「小型、まあ初めての銃の扱いにしては見事だ。褒めてやる」
「そりゃどうも」
気にしてなかったが、ユウの方にも刻骸は向かっていたようだ。まあ、彼がピンチになれば未来視でこちらは察知できるので、大して問題ではない。
未来視の発動条件は、自分でもよくわかっていない。ただ、ピンチになる時、そしてチャンスを得られる時、都合よく見られるのがこの能力だ。
ピンチやチャンスといった本能的に感じる部分から、能力は働いている気がする。
「それにしても小型相手に弾倉を尽かすとは、これからが思いやられるな」
肩をすくめてホッと私は息をつく。
小型相手ならば一撃当てれば死滅させられる。それに六発費やしているから、ユウは五発外したということだ。六発目で当てれたことには褒めるが、褒めるだけでは身を守れない。もっと厳しくしなければ。
「銃の反動で手が痛い。こんなもん乱射できないな」
「まあ、最初はそんなものだ。慣れれば大丈夫だ」
「ところで、さっき言っていたオーバークロックってなんだ?」
「ああ、それはこの体、創り人としての機能のリミッターを解除する言葉だ」
私の体は全て創られて、思考だって人間を模したただの人工知能でしかない。それは置いといて、私の体は機械、つまりは人間を超えた動きを可能とさせることができる。オーバークロックはまさに人間の機能を殺し、機械としてのリュナを稼働させる合図だ。
そんな説明をしながら眼帯をつけ、返答に困ったと言わんばかりの顔のユウを無視して耳を澄ました。
「音がしない。刻骸はやったようだが、本来の標的はどこだろうな」
「なあリュナ。聞くかどうか迷ったんだが、君はいいのか?」
「何が?」
「普通に生きなくて」
私はユウの言葉に眼を見開いた。こいつは過去視を持っていて、いざとなれば私の過去を好きな時に覗ける。そのような素振りは今日、見ていないが、前に見た時に聞いてしまったのだろう。
普通に生きろ。それが創造主〈マスター〉の願いだった。しかし、こんな特殊な機械、しかも刻眼持ちが普通に生きられるはずもない。
だから、こうして刻眼管理機構に属している。今更どうこう思うこともなかった。
「私の過去を覗くのは今後禁止だ。いいな?」
「わかった。悪かった」
とは言いつつ、納得のいかないような面を見せるユウ。こいつは意外なところで人情がある。
が、私に普通は訪れない。仮に観測者がいなくなり、普通が訪れたとして。私は既に普通へ戻ることは多分叶わない。なぜなら普通の生とは魂宿りし生き物が真っ当に生きることで、機械の私は生き物ではないため全てが叶わない幻。やがて独りぼっちで朽ちていくのが、私の未来だ。皮肉な話だ。未来を見れる私が、未来に希望を抱かないとは。