第四話 鬼哭の宴へようこそ
『二人には高校に出現した神城君を狙う刻印者を打破してもらいたい』
言われたのはいいものの、敵はどこにいて何をやっているのか知らないし、俺は戦闘なんてやったこともない。拳銃を渡されても、撃てる自信がない。
ため息を吐いて俺がげんなりしていると、リュナが喝を入れるように、
「何をしている。お前は私が守ってやる。なんの心配もない」
「心配しかありませぇん」
宵闇の中、薄暗い洋風の校舎を眺めて小声をこぼした。
場所は高校。鍵咲主任曰く、近づけば襲ってくるとのこと。学校へ二度目の不法侵入を試みて、俺は不気味な校舎であくびをしながら今にも閉じそうな瞼を強引に上げていた。
「時空の檻だ。今宵も宴が始まるぞ、ユウ」
「その時空の檻ってなんだ?」
「鍵咲の説明を聞いてなかったのか? 時空の檻は夜に起こりやすく、そのタイミングもまちまち。観測者の刻眼能力だと言われているが、実際のところはわからないのだ。外を見ろ」
言われるがまま外を窓越しに眺めると、色合いが濁ったような空が窺える。これが時空の檻というやつだろう。本当に昨日から異次元なことばかりで、俺の頭はパンクしそうだ。
「ぼさっとするな! 刻骸〈クロックス〉が襲ってくるぞ」
「刻骸?」
「そう。簡単に言うと化け物だ。時間の檻にだけ現れる、な? 今音がしただろう?」
「待て待て、今の奇声がそうだって言うのか?」
「行くぞ!」
奇声がした方角へリュナが走り出し、俺は恐怖心を胸中に秘めつつ追った。階段を登り、三階、三年のクラスが並ぶ。リュナは片っ端からドアをガタンと開き、敵がいる場所を目指していた。
四つ目のクラスの扉を開けてようやくお目当ての化け物と出会えたらしい。リュナが双銃を手にし、刻骸を睨む。見た目、狼のような姿をしており、見える範囲でも十数の数いる。おまけに他の場所からも同じ遠吠えがする。
隣の五つ目のクラスとこのクラスの部屋を遮る壁が破砕し、実質大きな一室となっていた。
「さて、ユウ。見ておけ。これが戦いだ」
銃口は真っ直ぐ。ど真ん中の刻骸を狙うのだろうか。刹那、リュナの背後左の窓ガラスが割れ、一体の刻骸が部屋に入ってきた。そいつはすぐにリュナの方へ牙を向け、
「おいリュナ! 離れろ!」
にたり、リュナは笑っていた。
背後の奇襲に気付いていないのか、銃口を動かす動作は見えない。
――発砲音。
銃弾は黒板を目掛け飛んでいく。どの刻骸でもない、何も狙っていないような一発。しかし、リュナの笑みは消えなかった。
「その未来は既に見えていた」
銃弾が黒板を跳ね、真後ろに今度は飛んでいく。行き先はリュナの頬を掠らず隣、背後の刻骸を撃ち抜いた。
「ユウ。これが刻眼の力だ。焦ったお前を見るのも案外楽しかった」
「いや、銃が跳ね返ったが」
「ああ、これは跳弾という現象だ。私の弾丸は跳弾用にカスタムされているからな」
跳弾。確か弾が標的に命中せず、物体に当たって跳ね返る現象を言う。未来視で察知し、跳弾をわざと発動することで、今の凄技が見られた、ということだろうか。
「さて、数も多いことだ。ささっと終わらせよう。ユウ、己が命くらい守っておけ。私が戦っている間に銃の練習でもしておくといい。何、死ぬことはない」
最後に安心を促すような強い発言をして、リュナは眼帯を取ってこう呟く。
「オーバークロック」
◇
「グワァァァッ――」
刻骸の悲鳴が闇夜に響く。
俺はリュナの戦闘する姿を見て、唖然としていた。アレ、は人ではない。少なくとも俺が知っているリアルの人というものは、あんなに激しく動けるはずがない。
ここで鍵咲主任が言っていた、身体能力の向上が思い当たるが、それを加味しても動きは卓越している。創り人だからだろうか。少なくとも俺にはあの動きは無理だ。
「リロード、そこッ」
一瞬の隙すら与えないリュナの一方的な攻め試合。近くに来たら蹴りで相手をねじ伏せ、背後は跳弾で蹴散らす。一メートルほどの間合いに入ったものは消され、入らずとも中距離から弾丸が放たれる。
華麗に舞うリュナは月夜を背景に、思わず俺は綺麗だと思った。
「刻骸が二つの個体に……」
狼の姿をしていた刻骸たちが一斉に集まり、二つの個体となる。個体は細く、禍々しい黒炎をまとっているように見えた。