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第三話 怜悧な会話と愚鈍な二人

 翌日の休日、呼び出された場所は『探偵事務所久遠』という、名前そのままに探偵業を営んでいる事務所へ向かった。というか事務所に久遠という名が使われていることから、リュナの家と考えるべきなのだろうか。

 現代のスマートフォンというものは便利で、場所がわからなくても道案内が正確だ。よってほとんど迷うことなく、探偵事務所久遠にたどり着いた。


 さて、たどり着いたのはいいものの、扉を開ける面倒ごとに巻き込まれる勇気が足りない。

 リュナが言うには刻眼管理機構という組織と接触を図らなければならないらしいが、どういうポーズでいくべきか。きっちり真面目に、考えたところで「ないな」と呟いた。

 結局は普段通りの怠けた感じで行くことになる。そもそもリュナが詳しく説明してくれなかったせいで、どういう組織なのかもよくわかっていない。


「にしても本当にここなのか?」


 まさかリュナ宅は中継地点で、彼女と合流した後に組織の場所に行くのか。

 ここまで色々と考えて、自分、順応性高いな、と自慢げに内心で思った。元々異能力を持つ俺だからこそ、冷静でいられるのかもしれない。普通拳銃を目の前に冷静でいられるだろうか。

 玄関前で思考を巡らせて佇んでいると、ドアが勢いよく開いた。


「来てたのか。なぜ入らない? 早く上がってくれないか?」

「リュナか。今からどこへ行くんだ?」

「どこ? ここ」

「ここ?」

「そうだ。この探偵事務所は表の姿。裏の姿が組織だ」


 言って手招きしながら事務所に入っていくリュナ。追うように俺は中へ入り、レトロな内観を見学しつつ彼女がぴたりと止まると、俺も同期するかのように立ち止まった。

 立ち止まると自然、視線が左右に行き、内観は見れば見るほど圧巻である。レトロ風にみせているのではなく、本物のレトロな空間だ。呆気に取られていると、俺の意識を戻すかのように背をドンと激しくリュナが叩いた。


「お前はあれだな。順応性がないやつだな」

「いや俺ほど柔軟なやつも少ないって。順応性でいくと、君は予想外のことばかりみたいだけど、そこんところはどうなんだ?」

「仕方ないだろう! だって! 本当は学校にいる刻眼を捕まえるだけだと思ってたからな! それがこんなバカ! アホ! 間抜けを引き入れることになるとはな!」


 一々罵声を飛ばさなければ気が済まないのだろうか。と、内心で思いつつ声には出さなかった。それこそ火に油を注ぐことになるからだ。


「ああ、来たかい。君が神城ユウか。想像以上にイケメン君だね」

「そりゃどうも。して、あなたは?」

「ここの統括。と言っても小さな部署だが、一応そんな役割をしている。鍵咲桐花<かぎざき とうか>。君の主任にあたることになる」

「桐花。あんまりこいつを褒めたらダメだ! 絶対自己評価高めにみてる節がある」


 リュナの嫌味が止まらない。いつどこで俺がこいつに喧嘩を売っただろうか。チビのくせに生意気だ、という外見いじりは一番言ってはならないやつなのでやめておく。

 というか主任を下の名前で呼び捨てとは、リュナも大概自己評価点が高そうだ。


「あの、その。コーヒー淹れましょうか?」


 振り返ってみると、リュナとあまり背の変わらない少女がこちらを見て気遣ってくれる発言が耳に入った。


「マルタ。私の分と神城君の分、二杯淹れてもらえる?」

「私のも分も加えてさ三杯だ!」

「あらら。リュナちゃんはコーヒー嫌いって言ってなかった?」

「ふんっ。私だってコーヒーくらいブラックだって飲める」


 ふふっ、と笑う鍵咲は、俺の方に掌を向けた。「まあ」と言って、その視線の先は椅子だ。ローテーブルに四つ椅子がある形で、俺は近くの椅子にゆったり腰を下ろす。

 鍵咲は主任という立場を思わせる、堂々とした立派な卓の奥の椅子に座っている。


「はいコーヒーです。お口に合うといいのですが」

「ああ、ありがとう」

「私だって、私だって。ホゲッ」


 苦手な食べ物を食すように、一気にコーヒーを飲むリュナだが、むせ返って放心状態になった。コーヒーとはそういう飲み物ではない。

「ニガイ。ニガイヨー」

「すみません。ブラックでもと言っていたので、ブラックにしちゃいました」


 このマルタという少女も結構抜けている。ともあれ、戦犯はリュナ自身なのでマルタは悪くない。どうせブラックじゃなくてもこうなっていた。

 そんな様を見て、俺がクスッと笑うと、


「おい! ユウ、今笑ったな! バカのくせに、私を笑ったな! 許すまじ!」

「おい、胸ぐらを掴むな。ちょっと落ち着いてくれ」

「ふんっ」


 胸ぐらを掴んで、すぐにそっぽ向いて不貞腐れる。どこのガキだ。


「さて、そろそろ本題に移りたい。どこから聞けばいいか、わからないのが本音だ」

「刻眼は目にまつわる異能力とでも言っておく。刻印者はそれを持つ者のことだ。そこら辺はリュナから聞いていると思う。ざっくり説明すると、刻眼管理機構と観測者〈コルニクス〉が敵対している状態だ。観測者は人の秘めたる刻眼を目覚めさせ、狂人化させ、まあ悪さをする組織だな」

「狂人化。それについてだが、俺たちは大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫さ。狂人化する前ならば、薬を飲めば止められる。マルタ」

「はい。これです。この薬を飲めば一先ず狂人化になるリスクは避けられます」


 マルタから手渡されたのはいたって普通の錠剤だ。一緒に水も手渡されたことから、飲めという意図が込められているのだろう。俺は錠剤をじっと見て、ゴクリ、喉を鳴らして緊張する。


「安心しろ。ユウ、狂人化したくなければ飲め」


 その発言をするリュナの顔は、どこか羨ましいと嫉妬じみたような、それでいて自分とは無縁と言いたげな儚げな顔であった。

 俺は勇気を出して錠剤を口に入れ、水で流し込む。


「さて、飲み終わったようだから先の続きを話そう。ここでの仕事は二つ。観測者を殺す。二つ目は野良の刻眼持ちを保護、もしくは殺す」

「一つ気になったことが。刻眼による被害は出てないような?」

「それは時空の檻〈クロノスタシス〉による影響だな。君、時空の檻に飲み込まれたことは?」


 問われてもピンとこないので、俺は考え込む仕草を取ると、


「ないようだね。時空の檻とは時が一定時間止まった世界のことを言う。ここで大概刻印者は悪さをするのだが、それによる被害は事故などで完結される。まあこの事象を知らない人間からすれば事故は当然だ。時空の檻にいる間は身体能力が著しく上がる。覚えておいてくれ」

「今回の鴉はどんなやつなのか、お前と思っていた時もあったのが懐かしい」


 鴉とは観測者のことを指しているのだろう。

 ともかく、状況はおおかた理解した。要は悪事を働く観測者とやらと敵対しており、ざっくり平和を守ることが仕事のようだ。俺は運命様から異端な出来事に巻き込まれたようだ。否、今まで出くわさなかっただけラッキーなのかもしれない。


「なあ、ドールってなんだ?」

「過去視で見たんじゃないのか?」

「俺の過去視は鮮明には見えない。そんな万能じゃない」


 ふむ、口を開こうか迷っているリュナ、野暮なことを聞いたらしい。なので、今の発言を撤回しようとするが、その手前、リュナが口を開いた。


「私は創り人。創り人〈ドール〉で、まあ簡単に言えば作られた人形と言ったところだ」

「にん、ぎょう?」


 じっとリュナを凝視するが、とても人形とは思えない。が、嘘偽りを語っている風な顔つきでもなかった。信じる材料は未だ少ない。彼女の発言だけだと、理解し難いその内容にピンとこない。

 それを察したのか、やれやれと首を振り、右目の眼帯を彼女は取った。


「なっ。歯車?」

「そうだ。これが人形たる証拠。幾多もの歯車が見えるだろう? 人間の眼ではない。ちなみに私の刻眼は未来視だ。先の未来が素早く瞳に投影される。断片的で戦闘をうまく運ばせるのは至難の業だが」


 リュナの眼を覆うのは恐らくガラス。その奥には幾多もの歯車が回っていた。確かに人間ではない、創られたと言ってもおかしくはなかった。まだにわかには信じ難いが、リュナがここまで教えてくれたので納得せざるを得ない。

 そうして、俺はそれ以上の追及はしなかった。誰だって触れられたくない過去はあるだろう。


「ああ、そうだ神城君。これを持っておいてくれたまえ」

「また物騒なものがきましたね」


 マルタから渡されたのは拳銃。よく見る感じの形状をしている。銃なんて撃ったことはない、当たり前だ。普通に生きていたらまず関わり合うことなどないだろう。

 とりあえず上着の内ポケットにしまい、謎の緊張感を味わっているとリュナが悪く笑って、


「私は双銃のリュナとも呼ばれているんだぞ! 銃の扱い方を教えてやる!」

「今度、捕まらない場所でお願いする」


 警察に捕まりたくはないので、陰で銃の腕は鍛えよう。そう頷くと、リュナが「ビビりめ」と言うものだから、俺の顔は引き攣った。普通、銃を使うことを躊躇わないだろうか。リュナは既に普通の域から脱しているのは確かだった。


「そういやユウはどこで刻眼の力を手に入れたんだ?」

「どこ? 生まれつきだが」

「生まれつき? そんなバカな。刻眼は基本的に観測者が無理やり発現させるものだぞ?」

「まあ、記憶にないから小さな頃に何かあったのかもな」

「お前は本当に色んなことに無関心だな」


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