第27話:同級生in見知らぬ土地
狼の背に乗って、空を駆ける夢を見た。
目覚めたら、見知らぬ土地にいた。見渡す限りの空と大地。乾いた熱風が肌に心地良い。
「いえーすいえーす、さんきゅー」
「オーライオーライ」
片言の英語同士で朗らかに会話する声が聞こえる。
一人は知らない黒人のおっさんで…… 嗚呼、もう一人は日辻川良太だ。
あの殺人鬼が家に乗り込んで来て、お前を連れていく、と言ったのは夢ではなかったらしい。
すでに情報を掴んでいたのだろう。パパもママも蒼白い顔で、うちの子をよろしくお願いします、と頭を下げた。
守ってもらえなかった。売られたのだ。
そりゃそうか。佐藤院も鈴木小路も好き放題に殺しまくったバケモンが相手だもんなぁ。
媚び諂う相手が変わった、それだけ。
生き馬の目を抜く社会で、下克上の可能性を考えなかった自分が馬鹿なのだ。
あれからどうなったんだっけ? ショックで気絶でもしたんだろうか。パスポートとかビザとかどうなってんだろ。完全に着の身着のままなんだが……
「よー御佐々木。目ぇ覚めたか?」
殺人鬼が話しかけてきた。怖い。洒落にならないほど怖い。なんで俺はこんな奴の椅子を後ろから蹴ってしまったんだろう。いや佐藤院に命令されたからだけど…… ああ、畜生。
偽善者と見下してきた山本堂達が、今は羨ましくて仕方ない。どうしてお前たちはイジメを楽しまなかった?
機嫌を損ねないように挨拶くらいしなけりゃと思うんだが、声を出す時ってどんな風に息をすればいいんだっけ? 苦しい、キツい、辛い、目頭が熱い。
「ここが今日からお前の職場だ。15歳の3月31日までの契約だから、2年足らずの間、しっかり働けよ」
学校は? 俺の学園生活は?
そう思いはしたが、口に出すまでもなく答えは分かり切っていた。日辻川良太の学園生活を蔑ろにしてしまった報い。
こんなところで2年働いても、日本のバイト代の何ヵ月分になると言うのか。新聞配達でも牛乳配達でもさせてくれればいいのに。そうしないということは、つまりそういうことなのだ。
下手を打てば家族や社員にまで迷惑がかかるだろう。2年どころか永遠に故郷に帰れなくなるかもしれない。
「わ、分かり、ました。誠意、を、持って、勤めさせて、いただきます…… いっ、今まで、本当に、ごめん、なさい。償う、機会を、ありがとう、ございます……」
「あははっ! 飛狐の口が伸びて、狐みたいになってるぞ! これからは、アベベさんの言う事よく聞けよ。ゴリラと人間の良いとこ取りしたような凄ぇナイスガイだから」
「オーケーオーケー、トラストミー」
「な、ないすとぅーみーちゅー……」
マッチョで陽気なおっさんだ。ホントにいい人なら良いんだけど。
まぁいいか。例えこのおっさんがラリって銃を乱射する麻薬中毒者でも、この得体の知れない殺人鬼よりはずっとマシなはずだ。少なくとも日本の実家まで火を付けにくることはないだろう。
「お前もアベベさんを見習って、立派な蝙蝠人間になるんだぞ。童話のコウモリは身勝手な裏切者だけど、本物のコウモリは仲間を大切にする生き物だからな」
そう言って、日辻川良太は地平線に消えていった。
御佐々木己路郎は涙が熱い風に乾いていくのを感じながら、アベベ氏に連れられて広大な農園の門をくぐった。
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鈴木小路邸大火災から数日と立たないうちに、藤玉輪学院中等部2年A組の生徒16名は16ヶ国へと送られた。
余談だが、2年後に日本へ帰国した生徒は12人。家族と抱き合って互いの無事を喜んだ。
3人はそのまま職場に残り、以後は日本との往復を繰り返しながら現地の発展に力を尽くし、最終的に現地に骨を埋めた…… それから100年の時を経ても、3人の墓標には人々の献花が絶えなかったという。
1人は1ヶ月もしないうちに行方が分からなくなった。
その生徒はいつもイライラしていて、よくドジンとかヤバンジンとかミカイジンとか言って同僚たちに当たり散らしていた。愚痴の一つも聞いてやろうと思った同僚たちは、それらの言葉が日本語でどういう意味なのか調べてみたそうだ…… いや、これが失踪と直接関係有るかは定かでは無いが。




