第25話:警察と怪物
その日、日出警察署と月見町交番は大忙しだった。
県下最大の暴力団、その組長本邸が物理的に大炎上したからである。
ガス爆発か何か…… との通報だったが、火の勢いは異常なほど凄まじく、こりゃ弾薬庫か何かがイっちまったんじゃね? と現場検証に駆け付けた誰もが思った。
消防署と警察署とヤクザで粛々と談合が行われ、本邸の消火より周囲への延焼防止を優先する、ということになった。
鈴木小路家に都合の悪い証拠やら、あの化物を刺激しそうな手がかりやらは全て燃え尽きた。違法な武器弾薬、闇帳簿の数々に、生首のオブジェ、学校から密かに運び込まれた首無し死体等々、綺麗さっぱり灰と、煤と、酸化した鉄屑になった。
一通りのモノを火の中に投げ込んだ鈴木小路汰卦流は、ひとまず胸を撫で下ろし……
佐藤院道永の訃報を聞いて、ブッ魂消た。
あの男、そこまで目端の利かん阿呆だったか? アレに人の権力が通じるとでも思ったのか。
『例の翁』を中心とする佐藤院家の重鎮一同が一斉に急逝したことにより、大学時代の先輩後輩だの、官僚時代の上司部下だので繋がった圧力と忖度の一大ネットワークは寸断される形となった。どれくらいの影響力が残っているのか、下っ端の下っ端に過ぎない日出署の署長にはよく分からない。
分からないが、人が死んだのだ。警察が何もしないわけにはいかなかった。
鈴木小路家の大親分から、『余計な騒ぎになったら、あの銀髪の死神以上のドえらい地獄を見るハメになるじゃろう』と連絡を受け、署長自ら大急ぎで佐藤院家の大邸宅へ足を運んだ。
防護ベストを着せられたピットブルの群れが庭の隅で尻尾を股に挟んでおり、屈強な使用人たちが手足を圧し折られて転がっていた。佐藤院家の血縁者のほとんどは頭と胴が泣き別れになっており、本家筋の生き残りは翁の娘と、学校にいる孫の2人しかいなかった。
翁の娘は話が出来る状態ではなく、娘婿が署長を出迎えた。
話を聞けば、いつの間にやら屋敷に侵入していた一人の少年……日辻川良太が、翁のご機嫌伺いに参上していた要人たちの首を、『これはダメ』『これもゴミ』などと言いながら次々と捩じ切っていったらしい。
推理するところが何もない連続殺人事件である。名探偵の出番があるとしたらバリツくらいのものか。
「それが『食日』よ」
鈴木小路汰卦流は言った。
「眉毛が蒼白かったろう? 日辻川の血筋には時折り出てくるらしいぞ、そういう化物が。絶対に手を出してはいかんそうだ。祖父御が言うておったわ」
ヤクザの大親分が、御伽噺を大真面目で口にする。
従うことに慣れた面々は、異を唱えることはなかった。
食日? 天狗じゃなくて? などと署長は思ったが、趣味友でもない相手とオカルト談義をする気にはなれなかったし、爆竹で追い払えるかどうか試す気にもなれなかった。
皆、疲れ切った目をしていた。
もうみんな火事に巻き込まれたことにしよう、と話はまとまり、佐藤院家から鈴木小路家に向けて大量の遺体がスモークガラスのハイエースで搬送された。
翁の頭部は、藤玉輪学院で発見された。
薄暗い保健室で暗い顔をした生徒達に遠巻きに囲まれて、悲観主義者が気触れる変な宗教の御本尊みたいになっていた。
鈴木小路家の大親分、佐藤院の娘婿、日出市警察署の署長、藤玉輪学院の校長と理事長代理(理事長は佐藤院宅にて死亡)等々、関係者各位は密談を行い、もう残りの事件も全部火事による事故にしてしまおう、ということになった。
鈴木小路水津流は、火事に巻き込まれて右腕を失った。
通学路で起きた些細な喧嘩では無傷だった水津流の学友3名は、平日の朝から鈴木小路家に赴き、そこで火事に巻き込まれ、顎を骨折し歯の大半を失う重傷を負ってしまった。
ベルロード安全保障の警備員も火事に巻き込まれ、重傷者8名、死亡1名。
たまたま居合わせた藤玉輪学院中等部の教師1名も、内臓を損傷する重傷。
例の翁を始めとする佐藤院家の重鎮一同も運悪く鈴木小路家を訪れていて、火事に巻き込まれ死亡。その護衛も手足を骨折する重傷を負う。
鈴木小路家も当主夫妻が死亡。その他大勢の構成員達にも多数の死傷者が出た。
そういうことになった。
こうして、傷害・殺人・放火と狼藉の限りを尽くした一人の中学生の犯行は、厳重に箝口令が敷かれて闇に葬られた。
これが未曾有の被害を出し、佐藤院一族と鈴木小路一家を壊滅状態に追い込んだ、鈴木小路邸大火災の真実である。




