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第1話:とある名門私立中学の日常

 席を立った瞬間、後ろから椅子を蹴り込まれる。

 危うく回避したところへ、舌打ち交じりに横合いから足が飛び出してきた。足を引っ掛けるなどという限度を越えた、鋭いキレのある本物の足払いだ。


 転ばないように踏ん張ったら、足は(・・)無事では(・・・・)済まないだろう(・・・・・・・)


 日辻川ひつじかわ良太りょうたは、教室の床に転倒した。


「……足元には気を付けるんだぞ、日辻川」


 担任教師は倒れた生徒に声をかけるのもそこそこに、ホームルームの終わった教室をそそくさと後にする。

 身重の妻を持つ三十路過ぎの雇われ教員は、この件(・・・)に関わりたくないのだろう。


「あーあ、貴様のせいで床が汚れたじゃないか! 責任持って掃除しておけよ!」


 窓際の一番後ろの席から、佐藤院さどういん絢梧けんごが端正な顔に薄ら笑いを浮かべて言った。


「ほんと、何が特待生よ。ただの乞食じゃないの。雑巾よりきたならしいわ」

「俺達の学費で学校に通わせてもらってるんだもんな! 掃除くらいやって当然だよな!」


 クラスに罵声と嘲笑が巻き起こる。


 絢梧の祖父は国会議員の後援会長を務めている名士だ。この学校の理事には佐藤院家の親族が名を連ねている。

 成績優秀者を手厚く援助することで名高い()の名門私立校の実態は、佐藤院一族が東大(あかもんばつ)に送り込む生徒(てごま)を養成するための施設だった。

 この学校に、佐藤院絢梧に逆らう者はいない…… 良太のような、身の丈に合わない正義感を持っていた者を除いて。


 良太は無言で立ち上がり、笑うクラスメイト達を見渡す。


 絢梧のセクハラから体を張って守った、かって恋人だったはずの少女は、良太を横目で見下しながら、絢梧の取り巻きに混ざって笑っていた。




******




 皆が帰った後、たった一人で教室とその前の廊下を掃除する。

 今日はまだマシな方だ。囲まれて箒で突き回されることも、集めたゴミを投げつけられることもなかった。


 腐っても名門、業者による清掃が行き届いているこの学校において、生徒の手による掃除は情操教育の一環として週に一度行われるに過ぎない。

 だが、業者の予定をその日の気分で変更する程度、佐藤院絢梧にとっては容易いことなのだろう。


 良太は黙々と掃除を終わらせた。


 後は家に帰るだけだ。部活は退部せざるを得なくなったし、寄り道をして遊ぶ相手などもういない。

 図書室や図書館に立ち寄るのも(はばか)られた。絡まれて本を汚すようなことになれば申し訳が立たない。


 鞄を肩に担いだ。机の中身も、ロッカーの中身も、下駄箱の中身も詰め込んである大きな肩掛け鞄は、ずっしりと重い。

 それでも、机や椅子、ロッカーや下駄箱そのものまで持ち歩けるわけではない。学校の備品なので良太の懐が痛むわけではないが……


 休学や転校を、何度考えたか知れない。

 だが、この学校の特待生は学費だけでなく教材費や給食費まで免除される。その資格を護るためには、大人しく学校に通うしかなかった。

 仮令(たとえ)、給食を漁りに来る乞食、などと罵られても。


 重い足を引きずるように、良太は家路を辿った。

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