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第18話:今日のホームルーム


「しゅ、出欠を、確認するっ…… み、みんな、席に着くようにっ……」


 担任は見て見ぬ振りをすることを選んだ。

 校長からは、日辻川良太を生徒指導室に呼び出すように命令を受けているし、腕を失くした生徒は一刻も早く適切な治療を受けさせる必要があるだろう。

 ()してや、その腕を失くした生徒は、あの鈴木小路(・・・・)水津流だ。対応を間違えば、校長どころかヤクザを敵に回すことになる。

 それでも、哀れな羊は良太に従わざるを得なかった。

 田中寺(でんちゅうじ)御高橋(みたかばし)神渡辺(みとのべ)の三人は顎を粉砕骨折して歯をほぼ全損。学年主任は内臓を損傷。いずれも普通の保健室では手の施しようがない重傷だった。医学部附属病院クラスの設備を持つ藤玉輪学院の保健室でなければ、死人が出ていたかもしれない。

 これ以上良太を刺激すれば、身重の妻を差し置いて入院することになるだろう。そんな訳にはいかないのだ。


「ほら、席に着けってよ」


 良太の言葉に、腰を抜かしていた生徒達が、死に物狂いで椅子に這い上がる。

 腹を抑えたままで未だに身動きならない生徒もいたが、担任は何も言わずに生徒を数えた。


「宍野…… 宍野(ししの)依緒(いお)さんは……いないのか? 誰か……連絡を、受けてないか?」


「は? あいつ連絡してねーの? 何やってんだ。スマホ持ってんのに」


 良太が発言する(たび)に、息を呑む音が響く。


「あいつは休むんじゃねーの? 足折って目ぇ潰したからな。それで学校来るほど根性ないだろ」


 誰も嘘とは思わなかった。

 担任は、そうか、の一言を絞り出すまでに、30回ほど口を開けては閉じることを繰り返した。


「田中寺くん…… 御高橋くん…… 神渡辺さん…… の3人は…… 今日は休みだ…… ほ、他に体調の悪い人は、いない、な?」


 一人を除いて誰もが具合悪そうな顔をしているが、誰も手を挙げなかった。

 体調が悪いどころか腕を()がれた生徒がいるのに、誰も何も言わなかった。


 きーんこーんかーんこーん


 居心地の悪すぎる沈黙の中、本鈴が鳴る。


「そ、それでは、朝のホームルームを始めるぞ…… ご、号令」

「き、起立っ」


 本日の日直が上ずった声で号令をかけると、生徒たちが椅子を引く音を立てながら震える足で立ち上がり……


「ぐぁっ!?」

「ひぎっ!?」

「あがっ!?」


 ゴッ、と鈍い音がして、起立した生徒たちが次々と膝から崩れるように着席していく。

 翻筋斗(もんどり)打って椅子から倒れた生徒もいた。机と椅子に挟まれた不自然な体勢で床に転がり、苦痛に呻吟しながら悶えている。


 担任は見た。いや、よく見えなかったし、意味も分からなかったのだが。

 良太が、立ち上がった生徒達の椅子を、後ろから蹴り込んだのだ。恐ろしい速さで教室中を移動し、20人近い生徒の20脚近い椅子を、一瞬のうちに。


 人間があんなに速く動けるものか?

 自分の感覚が、認識が、おかしくなっているだけか? 幻覚? 夢?




「つまんねーの。何でお前ら、こんなんで笑ってたんだ? なー御佐々木(みささぎ)


 心底つまらなそうに良太はそう言って、後ろの席の男子生徒に話しかける。


「ひっ…… ご、ごめん……! 本当にごめん……!」


 椅子に腰が乗ったまま床に倒れ、変な姿勢で斜めになっていた御佐々木は…… 今まで何度も良太の椅子を後ろから蹴って来た佐藤院の手下の一人は…… 涙目になりながら、(よじ)れた体で嘔吐(えず)くように声を絞り出して謝罪した。


「いや、そういうのいいから。何で笑ってたのかって聞いてんだよ、蝙蝠(コウモリ)人間」

「ヒィッ…… ちがっ…… ちがっ…… ごめっ…… ごぇッ……」




 そりゃ、笑うだろ。バカがいたら。

 佐藤院サマに逆らうような頭悪いガキは笑われて当然だろ。そんなバカが学校の成績だけはトップだなんてなおさら滑稽だろ。バカなガキが女にフラれて、虐められて。道化じゃなくてなんなんだよ。




「あー、なるほど。劣等感ね。そりゃ、俺がやっても(たの)しかねーわなぁ」

「!!!?」


 もう何度目になるだろう。日辻川良太に絶句させられるのは。

 切って捨てられた。端的に、傲慢に。惨めに倒れた自分を、遥かな高みから見下ろされた。

 汚辱、屈辱、恥辱…… そして、良太の言う通りの、強烈な劣等感。


 ボロボロと涙を溢れさせた彼を、誰も助け起こそうとはしなかった。皆、自分の痛みを(こら)えるだけで精いっぱいだ。


「い、以上でホームルームを終わルッ」


 担任教師は裏返った声でそう言うと、見て見ぬ振りをしながら逃げるように教室を後にしようとして……






 ……突然、教室の引き戸が(わず)かに開き、その隙間から何かが投げ込まれ、すぐに閉じられた。

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