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第10話:躾は根気よく

「おっ、変わり始めた。やっぱ足を折るのがいいのか? 逃げられなくなるのが効くのかな」


 家族の足を蹴り折ったとは思えないほどに平然かつ悠然と、這いつくばった姉を見下ろす良太。

 チンパン人の顔がぐにゃりと歪み、体がぐねぐねと変貌していくところを興味深く見守る。


 猿人間の醜い毛むくじゃらの体から、排水溝に詰まった髪の毛を集めたような汚い毛がボロボロと抜け落ちていく。

 これで少しは人間に近づいたか? と思ったのだが……


「うーん、これは(トリ)人間か? チキン野郎ってことか? まだダメそうだな、こりゃ」


 毛皮の下から現れたのは、羽を(むし)られた鳥に似た、泡立つような皮膚。

 歯を剥き出した醜悪なチンパン人だった姉は、(せわ)しなく首を動かしながら地べたでもがく、惨めで気色悪いチキンと腰抜けの融合体になってしまった。


「洋子は大分マシな見た目になったんだけどなぁ。姉ちゃんと何が違うんだろ…… やっぱ、年食ってる方が矯正し(にく)いのか?」


 チンパンの次はチキン……言いたい放題にも程があるが、もはや翔子に反駁するだけの根性は残っていなかった。


「やめてぇ、やめてぇ良ちゃん…… お姉ちゃんが悪かったから…… お姉ちゃんのおやつあげるから許してぇ……」


 うずくまったまま、ぴーぴー泣き始めた。言葉遣いが、まだ多少は仲が良かった保育園の頃のものに変わっている。正直気色悪い。


「あー、洋子は謝ってたっけ。おいチキン人間、キチンと謝ってみろよ。えぇと…… ごめんなさい、許してください。もう無駄遣いはしません、お酒も煙草も止めます、ってな」

「ご、ごめ、ごめんなさい…… 許してください…… もう無駄遣いはしません…… お酒も、煙草も止めます……」

「おっ?」


 姉の姿が、また変わっていく。

 やったか、と思ったのも束の間、


(ニワトリ)人間が鸚鵡(オウム)人間に変わってもなぁ……」


 羽をむしられ、鳥肌を剥き出しにした飛べないオウムと、足を折られて這いつくばった人間がコラボレーションした姿は、どうしようもなく陰惨な悪意に満ちていて、とても見ていられるものではなかった。

 良太はルッキズムがあまり好きではない。凶悪な見た目だがおとなしい生き物や、愛らしい見た目だが狂暴な生き物はいくらでもいる。

 そんな良太でも、今の姉を真っ当な生き物だと思うのはキツかった。芸術性も機能性も自然美も無く、ただただ嫌悪感を(もよお)させるためだけに腐心したかのような奇っ怪なデザインは、ひたすらに不快だ。


「ごめんなさい、許してください、もう無駄遣いはしません、お酒も煙草も…… (いた)っ、痛いよぅ……」


 翔子は呻きながら言われたままの謝罪を繰り返している。一向に人間に近づく様子はない。オウム返しと言うことだろうか? 相手と同じ声で鳴くのは、鳥にとって仲間であることを主張する挨拶なのだが、これはどうなのだろうか。


 このままでは(らち)が開かない。いい加減学校に遅刻してしまう。洋子も心做(こころな)しか、グッタリしてきてるし。


「おい、オウム人間。お前のスマホは部屋にあるのか? 持ってきてやるから、救急車呼べ」

「呼ぶ、呼ぶよ…… お姉ちゃん、救急車呼ぶから…… ごめんね、ごめんね……」

「ちゃんと親や学校にも連絡しとけよ」

「分かった…… ちゃんとするから…… もう許して…… 本当に痛いの……」


 翔子の部屋に上がり込み、ベッドに投げ出されていたスマホを取って洗面所に戻る。

 かなり大声を出していた気がするが、まぁやたらと広い家と庭だ。近所迷惑にはならないだろう。

 両親が聞き付けて起きてくるような気配はない。(うち)にいると思っていたが、夜の間に愛人のところにでも出掛けていったのだろうか。


 翔子にスマホを渡すと、言い付け通りに救急車を呼んだ。電話口で訊かれるが(まま)に、救急です、とか月見町(つきみちょう)一丁目一番地です、とか答えている。

 消防センターの(かた)に悪態を()いたり尊大な態度を取ったりしなくて良かった。チンパン人よりオウム人間の方が、まだマシなようだ。


 この調子で、気長に根気よく仕付けていけば、いずれ真人間になれるかもしれないと、良太は歯を磨きながら思った。


「俺も病院に付き添おうか?」


 声を掛けると、鸚鵡人間がびっしりと鳥肌を立てた。


「付き添いが要るなら、学校に遅刻するって連絡するんで、スマホ貸せ」

「だっ、だだだ、大丈夫! 大丈夫だから! お姉ちゃん、ちゃんとできるから! 良ちゃんは学校に行っていいから! ねっ?」


 そんなに俺と離れたいか、と良太は苦笑する。

 まぁいい、今日はこれくらいにしといてやろう。遅刻は性に合わないし。


「なら、俺は学校行くわ。後はよろしくな」


 力無く(うなず)く姉と、痙攣したりグッタリしたりを繰り返す妹を残して、良太は制服を取りに山小屋へ向かった。

 学校に行けば、どうせまたバケモノと逢うに違いない。今のうちに(ふんどし)を締め直しておこう。



 爽やかな朝の山道に響く鳥達の歌の向こうから、ドップラー効果発生機のサイレンが聞こえてきた。

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