疑心暗鬼に陥るのはゴメン被りたいですけれども
さてさて。お腹いっぱいになった私とスピカさんの二人はお泊まり先のツリーハウスへと戻りましたの。
その後は簡易的ではありますが身清めのための浄化魔法を全身に浴びまして、さっさとお気に入りの寝巻き姿へとお着替えしてさせていたたきました。
このままお布団に入って寝たり、もしくは水入らずのパジャマパーティを開催したりしておきたいところでしたが、そんな呑気なことを言っていられる状況でもございませんゆえに。
ようやく身も心も万全な状態になったのです。
そしてまた静かで落ち着ける場所にも来れたのです。
今がミントさんの話題を話すチャンスですの。
これを逃せば次がいつになることやら!
ちなみに帰ってきたときにドアや窓に結界魔法を張っておきましたの。
知らない第三者に盗聴される心配もございません。
話すなら今が最大のチャンスと言えましょう。
私が地下牢の中に過ごしていたときのことを、つまりはミントさんと話した秘密の内容を、事細かにスピカさんにお伝えするのでございます。
「こっほん。それでは準備はよろしくて? ここ数日の間に私が知り得た情報を、事細かにご共有させていただければと思いますけれども」
「うんうん大丈夫だよ。でも昨日からどうしちゃったの? やけに興奮してるみたいだけど」
「そりゃあどうしたも木の下もないですの! 今回ばかりは私だってバチバチに警戒しているのです! このまま放っておいたら、笑い話ではすまなくなるような気もいたしましてっ!」
「うーん……とりあえず聞くだけ聞いてみよっか」
どこか訝しむようなお顔でしたが最後にはコクリと頷いてくださいました。
細かな植物殻の詰まった枕を大事そうに抱き抱えつつ、こちらに耳を傾けてくださいます。
私が真面目にお話しをするのなんて一月に一度あるかないかくらいの珍しさなんでしてよ。
心して、されども前向きなご意見をくださいまし。
自分一人では考えがまとまりきらないところもあるのでございます。
というわけで以下、カクカクシカジカですの」
「ほいきたっ」
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――
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「……ご清聴ありがとうございましたの。以上でカクカクシカジカ丸描いてすっぽんぽんなご説明を終わらせていただければと思いますの」
「うーん……」
大森林を飲み込まんと暗躍する巨闇。
それを打ち払うべき光の勇者と聖女の責務。
今私たちが置かれている状況をユーモアを交えながらもズバリ直球的にお伝えさせていただきました。
長らく中立を貫いてきた大森林の中に、最近になって〝反・魔王派〟の刺客が紛れ込んでいるかもしれないこと。
そして彼らは秘密裏に、その勢力図を拡大せんと画策しているかもしれないこと。
いつか大事件が起こってしまう前に、厄介な火種を消しておく必要があるということ。
ついでのついでに、先日相対したばかりミントさんが実は真っ当な〝親・魔王派〟らしくて、状況によっては私たちの良き協力者になってくださるかもしれないってこともっ!
まるっとするっとその他諸々etc.も含めて、私の持ちうる全ての情報をご展開させていただいたのでございます。
「とにかくまずはお相手方の尻尾を掴まなければ何も始まらないとは思いますけれど……実際のところ、いかがいたしましょう? ここはあえて攻めた行動に出てみるか、それとも地道に守りを貫くか。二つに一つかと思いますの」
「……そう、だねぇ……」
私はそこまで口達者でもなければ語彙の豊かな博識乙女でもありませんゆえ、状況のご説明には少しだけ時間を要してしまいました。
前後関係や前提事項の順序がバラバラになってしまった気がしなくもないですが、賢いスピカさんのことですの。
きっと私の話のイチを聞いただけでジュウを理解してくださったことでしょう。
とはいえ話は複雑かつ難解ですの。
すぐに結論が出せるような物事でないことも存じ上げているつもりです。
頭を枕に埋めながら、干し草製のモッサモサなベッドの上で足をバタバタとして考えに耽っていらっしゃいます。
しばらく見守っておりますと、ふとスピカさんが首を上げなさいましたの。
そのままつぶらな瞳でこちらを見つめてきますの。
ど、どうなさいましたの!?
「えっとね。私がうんとちっちゃい頃にさ。お爺ちゃんが話してくれたなぁって」
「何を、ですの?」
「木を隠すなら森の中。人を隠すなら人混みの中、エルフ族を隠すならエルフ族の中。確かそんな感じのことだったと思うの。何か関係あると思う?」
「ふ、ふむむむ……隠す、ですか……」
それって要するに、同じようなモノの中に紛れ込ませることで、一点をバレないようにする手法ですわよね?
その理論から考えますと、〝反〟を隠すなら〝反〟の中ってな感じになっちゃうと思いますけれども。
ミントさんがお話ししていたご様子ではあくまで反の思想はまだそこまで広まってはいないはずですの。
広がる前に手を打っておかなければ、と仰っていらっしゃいましたし。
「となりますと……〝反・魔王派〟のエルフ族さんが、普通の集落の中にこっそり身分や思想を隠して紛れ込んでいるということでして……?」
「そう、かもしれないよね。いわゆる〝反〟派の人たちがまさか自分から堂々と〝反〟だと名乗ったりしないだろうし」
「ふぅむ。今の世界は圧倒的に平和を是としておりますからねぇ。わざわざ戦乱の世に戻したい輩なんてのは明らかにヤッバイ輩にちがいありませんの。普通は関わりたくないはずですの」
たとえ私が聖女の身分ではなく、単なる修道女の身であったとしても、反の方々に面と面を向かって話しかけられてしまったら。
はぁん? 世迷い事はおやめくださいまし。
下手な陰謀論は身を滅ぼすだけですわよ?
と即座に説法を始めてしまうかもしれません。
別に私は人類皆兄弟な博愛主義者というわけでもございませんが、平和な世の中でもなければ、自由恋愛を許されるわけがないとも思っておりますの。
私が豊かで心穏やかな未来を生きるために、この平和を守り続ける必要があるのです。
スピカさんがウーンと腕をお組みなさいましたの。
かなり渋めなご表情になっていらっしゃいます。
「既に根回しが始まってるとしたら、まずは勇者や聖女を足止めしようとすると思うんだ。
それこそ少しでも私たちの行動を阻害して、やがては休戦協定の更新タイミングを遅らせて、その間に自分たちの勢力を増やそうとする……みたいな……感じかな?」
「はぇ!? それってまさについ最近のことではありませんこと!?」
だって私たち、ほぼ意味もなく三日も足止めを喰らってしまいましてよ!?
いきなり牢屋にブチ込まれてしまったのはさすがに理不尽だと思いましたが、それでもエルフ族さん方の文化や治安を守るためならと渋々に了諾しておりましたの。
それが何ですの!?
実は治安維持にはあんまり関係がなくて!?
最初からこの私個人を狙い撃ちしたかったかもしれないってことですの!?
「案外かなり身近なところににまで、敵の魔の手が忍び寄っているかもしれなかったり……案外そうでもなかったり?」
「疑心暗鬼に陥るのはゴメン被りたいですけれども。だからこそ、エルフ族の皆さまも身分証明にこだわっていらっしゃるのかもしれませんわね」
これからお雇いする予定の道案内役の方も、適当にスパパッと雇うのではなく、キチンと身分や来歴を伺って吟味していく必要がありそうですわね。
むしろオーディションを開催したいくらいですの。
お値段以上の方を見つけるのは至難の業でしょうが、支払額と条件とを上手い具合に調整してまいりましょう。
大森林踏破というモノは戦略的進出によって成し遂げられるのです。
今、私がそう定めましたの。
決してその場凌ぎや気分で適当なことを言ってるわけではございません。
ホ、ホントですの。嘘じゃないですのっ。
 




