風を切るような音が聞こえましたの
私の名演技が見抜かれてしまったのか、どこか訝しみながらもお答えくださいました。
「だからさっきも言ったでしょ。これはヘマなんかじゃなくて意図的だって」
「意図的、と仰いますと」
「集落の中に入りたいなら、そのエリアの見回り役に見つかって捕まっちゃうのが定石なのよ。
とりあえずの牢屋までは連れてってもらえるわけでしょ? 下手に許可証なり身分証明なり見せたら森の中で適当にスルーされちゃうだけだし」
「ほほーん、なるほどなるほど」
言われてみれば確かに、私が身分を証明できなかったから、こうして集落にまで連れてこられて、檻の内側に閉じ込められてしまっているのです。
その場で身分を証明できていれば問題は起きなかったのでしょうし、さすがのエルフ族の方々だって、害のない旅人を闇雲に拘束したり連行したりするほど野蛮ではないはずです。
集落の内側に入るために、あえて身分を隠しておくとは。
なるほどミントさん、アナタ策士ですわね。
ふぅむ? けれどもそれって。
「でもそれなら見張りの方に、中に入れてくれと素直に頼めばよろしいのでは?」
「簡単に入れてくれるなら見回り役なんて要らないでしょ。ただでさえ排他的な連中なんだし。あ〜、さてはアンタ、頭の中にカニミソでも詰まってるんじゃないの〜? ぷぷぷぷ〜」
「むっ……さすがにイラッですのっ」
私としたことが、手の上で転がしてさしあげるつもりが、モノの見事に踊らされてしまいましたわね。
もっと冷静になりなさいまし、リリアーナ。
ということは、ミントさんはあえて身分を隠して捕まって、この集落の内部に侵入してみたというわけですわよね?
入るだけなら簡単というのは身を以て分かりましたの。
けれども出るときはいかがなさるのでしょう。
いつ出してもらえるのかも分からないこの状況下で、そんなに余裕ぶっていられるのは何故なんですの?
脱走しようにもやたらと頑丈な造りですし。
小さな穴をこじ開けるのも容易ではございませんでしょうし。
……はっ!?
まさかまさかの賄賂でしょうかッ!?
以前に私たちにやってみせたようにッ!
やはり金に物を言わせるのが一番ってこと――ではないみたいですわね。
疑ってすみませんでしたの。
だから尻尾で頬を叩かないでくださいまし。
何やら一際真剣そうなお顔で耳打ちしてきなさいましたので、今度は素直に耳を傾けてさしあげます。
ふぅむふむ。なになに? ですの。
「……アンタも薄々気が付いてると思うけども。この囚檻って攻撃魔法や物理衝撃にはめっぽう強くなってるわりに、それ以外のチカラについては特に何の制限も課されてないわけよ」
「それ以外のチカラ……?」
「しらばっくれても無駄よ。アンタも使ってたでしょ、魔族の持つ異能のチカラってヤツを。まさか聖女サマが同じ魔族だったなんて驚きよね。ここ300年でも初なんじゃない?」
「……ああ、なるほどですの。でも、お一つだけ訂正させてくださいまし」
はっはーん。きっと先日の私のバトル模様をご覧になって、小さな勘違いをなさってしまったようですわね。
確かに私は〝重さの異能〟を扱えますの。
アレは魔法の類いとは完全に異なるモノですから。
いわゆる特技の一つとも言えましょう。
魔族の方はお一人につき一つずつ、それぞれ異能を有していると聞いたことがございます。
けれども異能を扱えるからと言って、それが魔族である証左とはなりませんでしてよ。
なぜなら、私はっ。
「残念ながら私は人間ですの。見ての通り、角も羽も尻尾も生えてはおりません。純度99%の人間ですの」
「でもアンタ、この前は確かに異能を」
「こっほん。残りのほんの1%だけ……私の中にほんの少しだけ魔族の血が流れているお陰ですの。私の祖母か、もしくは曽祖母の世代か、更にもっと先の祖先に、魔族の方がいらっしゃったらしく」
「なるほど。アンタ、混血の子孫だったのね」
ええ、そういうことですの。
私は孤児ゆえに先祖の詳細を誰に尋ねてよいかも存じ上げませんけれども。
幼き記憶はとうの昔に薄れてモヤが掛かったように思い出せませんし、古い文献を読み漁っても載ってるわけがありませんし。
魔族と人間の婚姻はレアケースらしいのです。
長らく休戦中とはいえ、未だ魔族と人族の国交はほぼ断絶しているに等しいわけですの。
共通の知り合いがいるとは思えません。
今はそんなことはどーでもいいのです。
私の〝重さの異能〟ではせいぜい監守の方を押さえ付けてひれ伏せることくらいしかできません。
でも、ミントさんは容易く脱出できるんですのよね?
アナタの異能を教えていただけなければお話が進みませんでしてよ。
期待に満ちた眼で見てさしあげます。
「……いいわ。けれども勇者ちゃんにはナイショね。アンタだけに特別に見せてあげましょうか」
「いぇーい、わくわく、わくわくですのっ」
スピカさんには内緒ってことですわよね?
ふぅむ。どうしましょうかねぇ。
正直そのときの気分次第になってしまいますけれどもっ。
分かりましたの。
忘れるまでは覚えておきますのっ。
とりあえずコックリと頷いてさしあげます。
ミントさんがすっくとお立ち上がりなさいました。
ドヤとした顔で仁王立ちなさいます。
「私のチカラは〝転移の異能〟よ。極近距離にしか移動できないけどね」
「てんぃ……ま、マジですのっ!?」
「それじゃあまた近いうちに会いましょ。ざぁこ♡な聖女さん」
「あ、ちょっと待ってくださいま――」
ブゥン、と。
風を切るような音が聞こえましたの。
その音の直後に……ふぅむ!?
ミントさんのお姿が見えなくなってしまったのです。
スッと目を閉じて集中してみましたが、檻の中からは彼女の息遣いも気配も、今はもう何も感じ取ることができません。
こ、これは……間違いないですの!
一瞬にして、この暗い穴倉の中から彼女がいなくなってしまったのでございますッ!
か弱い乙女一人を置き去りにして……ッ!
マジめのガチめに逃げなさいましたのッ!!!




