アンタちょっと耳貸しなさい
首を傾げてしまう私を他所に、ミントさんが一際大きな溜め息をお吐きになりましたの。
被ったフードの隙間からは魔族特有の巻き角がチラ見えいたします。
「だーかーらー前にも言ったでしょ。アタシは〝親・魔王派〟だって。勇者と聖女のコンビに手を出す理由なんてないし、下手したら国際問題になっちゃうわけだし」
「で、でもトレディアの街では実際に」
「アレは単にお金のため。あのアホ共に手助けするっつー契約だったから仕方なく、ね。後でアンタたちにもちゃんと支払ったでしょ? 結構な額受け取ってるんだから黙ってなさいよ」
「ふ、むぅ」
弱い男の見栄ってホント浅はかよね、と。
ミントさんは最後にそう言葉を結んだのち、ぷいとそっぽをお向きなさいました。
これ以上話すことはないと言わんばかりのご態度なのです。
実際、私たちはミントさんにキチンと報奨金を支払っていただいたからこそ、こうして大森林へ入るための準備が整えられたとも言えますし。
踏み倒そうとすればできたと思いますの。
そうしなかったのは、実は彼女の根は真面目だったとか、私たちとは敵対したくない理知的な一面があったとか……。
何にせよ、彼女に足を向けて寝られないのは確かなのかもしれません。
「分かりましたの。聖女の寛大な心で不問にしておいてさしあげますの」
しかしながら私の胸のモヤモヤはまだ全然解消されておりませんの。
ここで押し黙ってしまってはリリアーナの名が廃ってしまうと思いませんこと?
というわけですので。
「で、ミントさんの野暮用ってなんですの?」
「アンタも人の話聞かない女ねぇ……!」
「だって気になっちゃうんですもの。それにどうせ数日は一緒の空間で過ごすのであれば、話せる話題は多いほうがよろしいでしょう?」
地味ぃに気まずい空気のまま、衣食住を共にしなければならないだなんてイヤでしてよ。
アナタに敵意がないと仰るのであれば、それ相応の態度で示してくださいまし。
〝親・魔王派〟なのでございましょう?
欲を言えば私とスピカさんに、つまりは聖女と勇者にもっと協力的になってくださらないと。
広義的には私たちだって同じソレですもの。
以前にも軽く脳内整理をした記憶がございますけれども。
渾身のニマニマ顔を見せ付けてさしあげましたところ。
「はぁ。ったく、しゃーないわねぇ。このまま黙ってても色々とウザそうだし。ダル絡みされるよりはマシかしら」
「分かってるじゃありませんの」
同時に黒尻尾の先で頬をぺちんと叩かれてしまいましたが、相手の情報を聞き出すという意味では作戦は成功いたしましたの。
これなら参謀聖女を名乗れますわね。才色兼備の敏腕聖女……なかなか悪くありませんの。
ミントさんの溜め息の最大が更新されました。
そして、静かに尻尾の先で手招きしてくださいます。
「大きな声では言えない話よ。アンタちょっと耳貸しなさい」
「ほいきたわくわく、わくわく、ですの」
魔族の方がエルフ族の集落に何のご用事があるというのでしょうか。
エルフ族は三百年前の戦争時でも不戦と不関与を貫いていらっしゃいましたの。
どちらかの陣営に属するわけでもなく、この大森林を巨大な緩衝地域とするかのように、独自に種族をいらっしゃったのでございます。
ゆえにエルフ族と魔族間の交流は今も無いに等しいはずですの。単に人族と仲がよろしくないだけなら排他的とは言えませんものね。
私もミントさんも、こうして平等に収監されてしまっているのがその理由の裏付けとも言えるはずですけれども……っ。
とにかくミントさんの真横に座り直させていただきました。
彼女の肩にそっと寄り掛からせていただきますと、横を向いたミントさんの吐息が私の耳に当たりましたの。
ふわっとしてぇ、ゾクッとしてしまいます……っ。
「……いい? 一度しか言わないからよく聞きなさい」
「……ど、どんとこいですのっ」
ついつい鳥肌が立ってしまうのを気合いで抑えつつ、聞き耳を立てておきます。
私、大抵のことには動じない強心臓聖女を自称しているつもりですけれども。
はてさて彼女の口からいったい何が飛び出してくるというのでございましょう。
「つい最近になってね。エルフ族に〝反・魔王派〟の息が掛かり始めてるって情報を掴んじゃったわけよ」
「ほほう……?」
ほんの一瞬ですが、エルフ族ないし大森林は広いのですから、少しくらいはいるんじゃありませんの?
と思ってしまったのですけれども。
中立を是としている方々に派閥が生まれてしまってはそれこそが一番の大問題ですの。
もし仮に中立の方々が一気に〝反〟のほうに傾いてしまったら、この世界全体のバランスをも変えてしまうかもしれませんのよね……?
もう一度言いますの。
大森林はとにかくとっても広いのです。
対戦中は大きな緩衝材の役割を担っていましたの。
それが一気に好戦を是とする地域に変わってしまったら……!?
「まぁ、とは言ってもまだこの大森林全体にじゃなくて、ほんの一部のエルフ族にだけってことらしいんだけど。おまけに信憑性も低い眉唾モノよ。それでも、ね」
スゥッと。
ミントさんは自らを落ち着かせるように息を吸いなさいましたの。
私もまた彼女の息遣いに合わせて息を呑んでしまいます。
彼女は檻の周りに立っている衛兵エルフ族さん方を軽く一瞥したのち……これまで以上に息を潜めながら、静かにお呟きなさったのでございます……!
「一度しか言わないからよく聞きなさい。この不安定な現状を放っておいたら、いずれはエルフ族をも巻き込んだ超規模な戦争に繋がっちゃうかもしれないの。面倒な芽は摘めるうちに摘んでおかないとって思ったわけよ」
「は、はぇぇええっ――んむぐぅ」
「……ここにいる衛兵連中が反対派だったらどーすんのよ。あんまりオーバーなリアクションとらないで」
「ひゃ、ひゃひかに……っ」
一転ピンチになってしまいそうです。
ウンウンと頷いて同意の意を示してさしあげます。




