もしかしなくともまな板の上の鯉でしてよ?
と、ここでもう一人のエルフ族の女性さんが近付いてきましたの。
いえ、正確には近付き始めたと思ったのですけれども。
それはもう、ヌンっと。
「ごめんね〜。腕、ちょ〜っとだけ前に突き出してもらってもいいかしら〜? すぐに縛り上げちゃうから〜」
「んひぇっ!?」
いつの間にやら私のすぐ目の前に立っていたのでございますっ!
気付けばズイと顔を覗き込むようにして肉薄なさっていらっしゃいました。
正直マジでビビりましたの。
張り付けた微笑みがいきなり視界に飛び込んできたんですもの。
この方、白くて長い髪を三つ編みにまとめておりまして、全身からオトナな女性のオーラをムンムンと醸し漂わせていらっしゃいます。
性別問わずスレンダーなイメージがあるエルフ族さんにしては、珍しくわりとボンッキュッボンッな体格をしていらっしゃる気がいたしますの。
同じ女性として、少しばかり嫉妬と憧れの両方を抱いてしまいます。
わ、私だって負けてはおりませんけれどもッ!
終始目を細めてニコニコ笑っていらっしゃるようなのですが、何故だかその顔にどうしても逆らえない圧を感じてしまうのです。
かなりの手練れとお見受けいたしましたの。
多分この人、喧嘩がメチャ強い気がいたしますの。
簡単に怒らせてはいけないタイプだと、私の被り帽の中のアホ毛がビクンと反応したのでございますッ!
その手に持っていた縄にて、慣れた手つきで私の腕をグルグル巻きになさいます。
あっと、わりとキツめですわね……っ。
かなり遠慮を知らない強さですの……っ。
「ぁうっ、痛っ」
「あら大丈夫〜?」
「だっ大丈夫ですの。少々身動きが取りづらくなっただけですのっ」
「うふふふぅ。それが手枷の目的だからねぇ〜」
しばらくして巻き付け終わったのか、最後までふわっとした雰囲気のまま、元いた場所まで戻られましたの。
どうやらさすがに手綱を握ってペットのように歩いたりはしないようです。
腕はもこもこのパンみたいになってしまっておりますが、代わりに足の自由はありますの。
けれども逃げ出そうとしたり唐突に立ち止まったり、下手な動きを見せたらすぐに周りから弓を向けられてしまう状況なのです。
監視の目に距離はあまり関係ないのかもしれませんわね。
でも、どうして私ばっかりがこんな目にぃ。
考えたってどのみち分かりませんから、深掘りはしないでおきますけれども……っ。
ふぅむ。そうですわね。
今は別のことを考えておきましょうよ。
えっと、えっと。
一度にこうしてエルフ族の方々に囲まれてしまっては、とてもではありませんが覚えきれませんわよねぇ。
最初に口を開いた、とにかく凛々しくて頬に大きな傷のある緑髪のエルフさん。
そして、微笑みを顔に貼り付けた白髪三つ編みのナイスバディなエルフさん。
こちらのお二人が、エルフ族の中でも比較的高い地位に就いていらっしゃる方々なのでしょうか。
森のパトロール隊か何かなんですの?
もしくは治安維持に走る暗部の方々とか?
彼女らの後ろには随伴衛兵的なポジションと思われる男性のエルフ族さんも数名ほどいらっしゃるのです。
きっと何かの秘密部隊にちがいないですの。
まだまだ謎は深まるばかりなのでございます。
さて、そんな余談もさておきつつ。
このグルグル巻きの腕拘束状態で、私はこれからどうすればよろしいんですの?
もしかしなくともまな板の上の鯉でしてよ?
私が身動きできないことをよいことに、集落に連れ込まれて色々と好き勝手に料理されちゃったりするんですの!?
……くぅーっ!
かなり燃えるシチュエーションかもしれませんのっ!
調理してくださる方がとびっきりの美男子さんならなお良しなのでございますぅ!
じゅるじゅるり。
あ、涎を手で拭えないのが難点ですわね。
どうしても芋虫みたいな動きになっちゃいますの。
こう……うねうねクニクニと。
あ、ちょっと待ってくださいまし。
一斉に弓を向けてこないでくださいまし。
別に脱走を試みたわけではないのですッ!
もちろんのこと美味しいシチュを若い男子エルフ族さんに強要してみたり、頭を下げてお頼み申し上げようと思ったりもしてませんのっ!
普通に生きるだけでも大変ですわね。
本当にこれからどうなってしまうんでしょう。
エルフ族さん方に促され、私たちは森の奥のほうへと歩くように促されました。
先導こそしてくださるようですが、前後左右を衛兵エルフ族さん方にガッチリと固められておりますゆえ、逃げ出す気など毛頭ほども起こり得ませんの。
なるべく何の妄想もせずに、ただひたすらに黙って足を動かさせていただくだけなのです。
「パールスター。この小娘はいつもこんな感じなのか?」
「はい」
いや、即答ってどうなんですの。
別に反論はありませんけれどもっ。
ともかく、きっと今向かっているのはエルフ族さん方の集落なのでしょうし、頑張って道順を覚えようとしたところで、同じような木々が連なるこの森の中では到底無理なお話でしょうし。
ほんのり重たくなってしまった腕をぶらんぶらんとさせながら、トボトボと歩みを進ませていただきます。
ああ、早く到着してくださらないかしら……。
腕に血が集まり始めているのを感じますの……。