虫も食べる候補に入れなきゃいけませんの……?
森の中特有のどこか湿った香り。
風が木々の葉を揺らすサラサラという音。
ヒールの先で感じ取る落ち葉のふわふわ。
どれも街の中では体験できない自然に包まれております。
どうもこんにちは。もしくはこんばんは。
眠れぬ森の聖女ことリリアーナですの。
ただいまは野営用のテントを張れそうな平地を求めて、森の中を歩き彷徨っている最中なのです。
さすがにまっすぐで丈夫な草地のド真ん中に設置することはできませんゆえ、木々の密集ゾーンを抜けて、せめて今日中には柔らか下草地帯に辿り着いておきたいものですの。
日が暮れてしまってからでは遅いのです。
夜行性の動物や魔物が騒ぎ出すかもしれません。
早々にベストな場所を見つけておかないと……!
「ですけれどもぉ……どこまで歩いても一面の深緑しかありませんの……。さすがに鬱蒼としすぎでしてよこの森ぃ……鬱蒼すぎて鬱になっちゃいますの……」
「あ、リリアちゃん。さっきから肩に虫付いてるよ」
「んひぇっ!?」
そんな大事なコト、早く言ってくださいましぃッ!
私をタクシー代わりにしていたのはやたら豪華な配色のチョウチョでして!?
しかも本物の聖女以上に白金色の輝きを放っておりますのッ!
まさか永遠のライバル登場なんですのッ!?
……目と目が合ったら飛んでいきましたの。
木々の陰に隠れてすぐに見えなくなってしまいます。
そりゃあ小さな虫にも五つの魂とも言いますから、嫌悪感に身を任せて叩き落としたりはいたしませんけれどもっ。
きっと私を美麗な花か何かと勘違いして寄ってきてしまったんでしょうね。
ふぅむ。仕方ないですの。
寛大な心で許してさしあげますの。
次は間違えないでくださいまし。
そしてできれば金輪際近寄ってこないでくださいまし。
虫さんにつきましては、好きか苦手かで言えば圧倒的に苦手な分類に入っちゃいますもの。
いくら博愛主義を自称する私でも、さすがにねぇ……?
「あの、スピカさんは平気なんですの……?」
「まぁアレくらいなら別に普通かな。さすがに口の中とかに入ってきたら嫌だけど」
「うっへぇ。そんなの即座に卒倒モンですの」
「でもさでもさ。結構美味しいって評判の虫も生息してるみたいだよ? この森に」
……いや、美味しいと言いましても……。
……虫なのは変わりありませんしぃ……。
うう、結構悩ましいところですわね。
つい顔を顰めてしまいましたが、美食に目がない私にとっては聞き流せない情報でもありますの。
とりあえず苦笑いだけ返しておきます。
少なくともココに数ヶ月は滞在することになるのですし、その間におそらく手持ちの保存食も底をついてしまいましょう。
ともなれば、結局は現地調達も視野に入れていかなければならないんでしょうけれども。
虫も食べる候補に入れなきゃいけませんの……?
こんなに緑がたくさんあるのですから、食べられる野草もいくらでもあるはずです。
それに動物だって探せば沢山いるはずですの。
もちろん殺生は最低限に留めさせていただきますゆえ、女神様の逆鱗に触れない範囲でお肉に舌鼓を打たせてくださいましぃ。
「友好的なエルフ族に会えたらさ、この森特有の食材とか料理方法とか、そういうのも教えてもらえるとイイよね」
「ご登場はなる早にしていただきたいですの……」
何だかんだ申し上げましても、まずは身の安全が保障された場所で衣食住にこだわりたいのです。
野生生物に囲まれての就寝ではきっと熟睡なんてできませんし、そんなのお肌によろしくないですの。
綺麗な乙女は整った生活から。
誰でも知ってる世の理なのでございます。
エルフ族の集落にお世話になれたら、手っ取り早いんでしょうけれども……。
「あ、リリアちゃん見て見て! こんなところにほら、小さな花畑っ!」
「あらホントですの。ふふっ。健気でお可愛らしいこと」
トボトボ歩いていたせいでしばらく前を向いておりませんでしたが、どうやらこの近辺だけは木々の隙間からほんのりと陽光が差しているようです。
暖かな光を浴びて、赤や黄色の花々が色鮮やかに咲き渡っておりますの。
なんと癒される光景でございましょうか。
ついつい頬が緩んでしまいます。
……と言いますか、そうですのッ!
ちょっと忘れておりましたのッ!
こういう温かな世界に触れられたら私だって穏やかな心を取り戻せるんですのっ!
私は人々を導く使命を有する聖女なんですもの……!
荒んだ心のままでは導けるモノも導けませんわよね。
もっと落ち着いて周りを見てみましょう。
ココはこんなにも自然豊かな場所なのです。
街中よりもずっと綺麗な空気を吸って、吐いて、少しずつ身体の内側からリフレッシュしていけばよろしいではありませんか。
時間は嫌というほどあるのでございますから。
花畑の真ん中に立って、劇場の踊り子のようにくるんとその場で舞ってさしあげます。
うふふっ。うふふっ。うふふふっ。
「この花畑、ちょっとだけ開けた場所になってるからさ。今日はここにテント張ってみる?」
「はぇっ!? それ本気で言ってますの!?」
え、あ、まさかのの花畑の真上に、ですの?
この健気で生命力の溢れるいたいけな花畑の直上にわざわざ、ですの!?
ついつい目を皿のように丸くしてしまいます。
「あっはは。さすがに冗談だよ。多分もっと簡単に張れるところ見つかるだろうし。何てったって大森林は広いからねー」
なんでスピカさんが得意顔になるんですか。
「……よかったですの。正直ビビりましたの。スピカさんって、たまーにめちゃんこサイコなパスを渡してきますわよね」
「ほとんどは狙ってやってるんだよッ! 素じゃないよッ!
「そうでなければマジでヤベェやつ筆頭ですの。おっと言葉が汚いですわね。うふふふふ」
いつだって淑女の精神だけは忘れてはいけません。
万物に対して慈愛を示せるだけの余裕があれば、きっといつかは素敵なレディになれるのでございます。
健気な花畑に手を振りサヨナラの意をお伝えしつつ、私たちは更に森の奥のほうへと進んでいきましたの。




