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明日はお近くの森の中を調べてみませんこと?


 私もまた水面ギリギリまで身体を沈めつつ、あくまでのほほんとした口調のままに話しかけさせていただきます。



「確かゴブリンって、穴蔵とか洞窟の中とか、そういう薄暗いところに棲息してるんですのよね?」


「そうだね。たまーに住処から出てきて、小動物の狩猟とか簡単な植物の栽培とか、原始的な生活をしてるって聞いたことあるよ。私も実物は見たことないし」


 ほんのりと苦笑いを浮かべていらっしゃいます。



「基本的に人間とは生活圏被ってないから、あんまり討伐対象に上がってこないんだよね」


「ふぅむ。意外にレアな方々なのでしょうか」


 王都期待のニューホープ、女勇者さまのスピカさんでも見たこと無いんですのね。


 最近はわりと頻繁にお外に出ていらっしゃったと思いますのに。


 まして新米聖女の私だって見たことはございません。


 第一、王都でしっぽりよろしく暮らしていたら魔物なんて存在を目にするわけがありませんもの。


 それこそ町外れとか地下道とか、そういう人気の無いところで増えていてもよさそうですのにね。


 何だかんだで治安がよろしいのでございます。


 もしくはあちらさん(ゴブリン)あちらさん(ゴブリン)で、徒党を組んだ人間の恐ろしさを知っていらっしゃるのかもしれません。


 ある程度の知能はあるってお話ですもの。

 触らぬ女神に怒り無しということわざもございます。


 叶うのならば誰にも見られずにひっそりと暮らしていたいですわよね。その気持ち分かりましてよ。私も天性の出不精ですもの。


 スピカさんが未だ水面でブクブクしたまま続けてくださいます。



「うーん……村の近くにまで被害が出てるってことは、もしかしたら近くに結構大きめの住処(コロニー)が有るのかもしれないね」


「木を隠すなら何とやら……ともなれば、明日はお近くの森の中を調べてみませんこと? 何か痕跡が見つかるかもしれませんし」


「そうだね。今度は足を使っての調査だ」


 おっけですの。決まりですの。頑張って起きますの。


 早起きはあまりしたくありませんが、少しでも帰りが遅くなって暗くなってしまっては、それこそ危険度が跳ね上がってしまうはずです。


 私たちの旅は出来るだけ安全に、そして確実にをモットーにしていきたいんですの。


 女神様から加護を受けている勇者と聖女であっても、元はどちらもか弱い乙女なのです。


 注意を重ねても損にはなりませんの。



「スピカさんって魔物と戦ったご経験はありますの?」


「そりゃもっちろん。これでもお国の勇者だからね。なんならフリーの傭兵経験だってあるし、人並み以上には戦えるつもりだよっ」


「ふふっ。それはお頼もしい限りですこと」


 乏しい胸をこれでもかというくらいに張って、ドヤドヤえっへんとしていらっしゃいます。


 本当に健気で可愛いらしい方ですわね。



「それではどうか私のことを守ってくださいまし。私はただ祈ることだけが取り柄の、か弱き修道女でしかありませんからね」


 前線に出て戦うなど本気で以ての外ですの。


 せいぜい私に繰り出せるのは貧弱乙女パンチか脆弱キックか、はたまた決死の弱々タックルくらいでしょうか。


 もちろん奥の手(・・・)も無いことも無いですが、使わないことに越したことはありませんし。


 精神安定上、相方のスピカさんには出来るだけ秘密にしておきたい事柄なのでございます。



「あ、でも傷付いたときに聖魔法で癒やして差し上げるくらいは出来ましてよ? こう見えても聖女なのですから。女神様の加護を授けて差し上げますの」


 私もまたむっふんと胸を張って誇らしげにして差し上げます。


 軽い擦り傷や切り傷くらいなら秒で完治させられましてよ。たくさん訓練しましたもの。


 さすがに切断や欠損レベルは無理ですけれども……女神様の治癒魔法も万能ではございませんし。


 それでも無いよりは何千倍もマシですの。



「魔法使えるの羨ましいなぁ」


「私は素手で戦えるほうが何倍も羨ましいですの」


 幸か不幸か、どうやら私は類い稀なる容姿の他に、少しだけ魔力量にも秀でているらしいのです。


 才能が有るなら是非に活用するべしと、修道院長にやたらめったらに修行させられた結果がコレなんですの。


 もう少しくらい運動能力にも華があったらよろしかったですのに。



「あと予めお伝えさせていただきますけれども。どうか無理だけはしないでくださいまし。万が一が起こってからでは遅いのですっ」


「分かってるって。私さ、無謀な戦い方はするなって今まで何度も怒られてるんだよね。

〝肉を切らせて骨を断つ〟って言ったらいいの? 生傷の絶えない超接近スタイルがお得意なモノで」


「それがダメだって言ってるんですのーっ!」


 まったくもう。

 ぺろっと舌を出して茶目っ気をお見せなさいます。


 ケラケラと自らを皮肉るように笑いなさっていらっしゃいますの。


 誤って骨まで切られないでくださいまし。

 もしものときのことは考えたくないのです。


 それにしても生傷って、そんなキメ細やかな特上スベ肌をお持ちでいらっしゃるのに、どこにそんな痛々しいモノが……?


 とも思ってしまいましたけれども。

 一旦今は詮索しないでおきますの。


 同性とはいえ、まじまじと見つめられてしまっては緊張してしまいますものね。


 乙女というのはそういう視線に特にビンカンな生き物なんですのっ。経験あるから分かりますのっ。


 いや、件のスピカさんが一番疎そうな分野なんですけれども。


 私とはまた別の方向性でズボラな方ですし。

 ほら、身なりとかほとんど気になさっていらっしゃらないようですし。


 

 ……この可愛らしい方に悪い虫が寄り付かないよう、私がしっかりと守ってさしあげませんとねっ。


 もしもグイグイ近付いてこられるご様子なら、スピカさんの代わりに全部ぺろりと平らげてさしあげましてよっ。


 むふふふっ。


 私は貴女に身体を守っていただきますの。


 代わりに私は貴女の貞操をお守りしてさしあげますわね。


 遮るモノの無い満点の星空を眺めながら、お互いに微笑みを零し合います。



 ああ、本当にいいお湯加減ですわねぇー……。


 こんなのほほんとした日常が続けばよろしいんですのにぃー……。


 働かざる者お風呂に入るべからずぅ……。


 世のため人のために働くから、この優雅なひとときを得ることが出来るんですのよねぇ……。世知辛いものですの。



「はぁぁぁ。私、生きてるだけで褒められたいですのー。何の不自由もなく、ただ食べたいモノだけを食べて、好きなことだけして生きていける人生が欲しいですのぉー……」


 しかしながら、何も成さない者には何も与えられはいたしません。


 現実とは厳しく残酷なモノですのぉー……。



「リリアちゃんって本当に素直だよね。お祈りのときに女神様から叱られたりしないの?」


「そりゃ何度も注意されてますわよ? 全く気にしてないだけですの」


「うわぁ、(したた)かぁ……」


「そんなに褒めないでくださいまし。照れてしまいますの」



 身体が火照って逆上せてしまいますでしょう。


 赤らんでしまうお肌は、この熱いお湯のせいだけではないのでございます。


 明日への期待と不安の両方のためですの。

 

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