もうそろそろ大森林の入り口に着く感じだね
トレディアの街を後にした私たちは、北に位置する魔王城に向けて歩みを進めておりましたの。
しばらくはひたすらに街道を進んでいたのですが、七日ほど歩いた辺りから、見える景色が段々と変わってきたのです。
明らかに自然の色が濃くなってきておりますの。
周囲に茂る草木もだいぶ背が高くなりましたし、どことなく気温と湿度が上がってきているような気もいたしましたし。
単なる季節のせいではないと思われます。
コレがおそらく大森林の特徴なんでしょうね。
基本的に人の文明が入り込むのを是としない、天然の要塞とも言えましょうか。
足元もいつのまにか整備された石道ではなくなっていて、ゴツゴツとした砂利道に変わっております。
馬車や交易人の往来が極端に少ない証拠とも言えますの。
むしろ道が残されていただけマシかもしれませんわね。
少なくとも普通の人は大森林には立ち寄りませんからね。
遠回りになったとしても迂回なさるはずですの。
野生の魔物が沢山生息しておりますし、排他的なことで有名な方々が住んでいらっしゃいますし。
しかしながら私、そんな状況にテンションを下げているわけでもないのでございます。
むしろその逆、ワクワクのほうが大きいんですのっ。
コレぞ冒険ですのッ!
という感じがいたしますものっ。
「ふっふふ〜んっ。そうですわよ、お宿への長期滞在で忘れておりましたのー。この苦難と手間こそが私の求めていたロマンの在り方ってヤツですのーっ」
「どしたのリリアちゃん。やたらご機嫌じゃん。いつもだったら都会に帰りたいですの〜とかお風呂入りたいですの〜とかお腹空きましたのー……って泣き言呟き始めてる時間なのに」
「むっふふふぅ。それはそうなんですけれどもっ」
私には全く別の立ち寄り理由があるのでございます。
ロマンもスリルも美味しいのですが、私が何よりも求めているのがそこにはあるのです。
もちろんのこと、男、ですのッ!
それもむしゃぶり付きたくなるほどカッコいい美男子の集団ですのッ!!
やっと私の時代が近付いてきましたわねぇッ!!!
色恋のためなら、空から振り伝わってくる裁きの雷なんて気合いで耐えてみせましてよ――あっふんッ♡
一瞬、身体がビクンッと痺れてしまいましたが、もはやいつものことですの。
出力制限されているうちはまだ大丈夫ですの。
本気で女神様を怒らせたらヤベェですけれども。
「……こっほん。大森林には美男美女で有名な〝エルフ族〟の皆さまが住んでいらっしゃるのでございましょう?
もしかしたらその中にっ! 私の未来の伴侶候補がいらっしゃるかもしれませんものっ。テンション上がらないわけないですのっ」
「うーん……。でもエルフの人たちってトンデモなく排他的ってことで有名だよ? 戦時中だって、ずーっと中立を貫いてたくらいだし」
「逆境を乗り越えての勇者と聖女でしてよっ」
「当然のように私も巻き込まれちゃってるし」
私だって虎穴に入り浸るつもりはないのです。
交流自体がダメそうなら素直に諦めますの。
その際はなるべく迷惑をかけずに森を通り抜けるご許可だけいただいて、風のようにスーッとサヨナラさせていただけばよろしいのでしょう?
ゴブリンさん方とも仲良くなれた私なのですから、きっと不可能はないと信じておりますの。
聖女の温かな光で彼らの心の氷を優しく溶きほぐしてさしあげましょう。
言葉が私のバトルフィールドですもんねっ。
さすがにイケメンの彼らと肉体的な戦闘をするのはイヤですの……!
肉体的な交流なら大歓迎ですけれども。
むっふふとほくそ笑む私を他所に、スピカさんが収納袋から地図をスパッと取り出して、そのままシュバッと広げなさいましたの。
「位置関係的には、うん。もうそろそろ大森林の入り口に着く感じだね。まぁ入り口って言っても別に門とか明確に分かるモノはないと思うんだけど」
「せいぜい、コレより先は関係者以外の立ち入りを禁ず、とか何とか物騒な立て看板が刺さっていたり?」
「あっはは。かもしれないね」
罠とか仕掛けられておりませんわよね……?
別に私たちは泥棒とか密猟者ではないんですの。
少なくとも危害を加える気は毛頭ございませんので、どうか穏便に交流させてくださいまし。
私の、心からの願いでしてよ。
争いごとは好きではないのでございます。
「っていうかリリアちゃんってさ。イケメンさんなら何でもイイ感じなの?」
地図をしまったスピカさんが、きょとんと小首を傾げなさいます。
微かに引き気味のご表情でしたの。
今更取り繕ったところで意味はないですし。
あくまで堂々と答えさせていただきますか。
「別にイケメンでなくとも、お相手にカッコいい要素を感じられたのならそれだけでおっけーですの。
それこそ若々しくても妙齢の方でも、獣人さんでも亜人さんでも、ビビッと来たなら即座にアタックですの。善は急げと言いますでしょう?」
「聖女様の言う〝善〟がそれっていうのも、ちょっと問題があると思うんだけどね……」
んもう。スピカさんったら真っ当な常識人さんですわね。
普通に囚われてしまっては暮らしに彩りは生まれませんでしてよ?
敷かれたレールの上を何も考えずにまっすぐ歩くだけなんて、ちっとも楽しくないのでございます。
本筋からは外れずに、たまーに寄り道するくらいがちょうどよいのです。
それが長旅の醍醐味ではございませんこと?
私はそう思うのでございます。