私のピンチを救ってくれた、綺麗で強くてカッコいい聖女さまが好き
私は……この姿を誰かに見られるのが怖くてたまらないのです。
私が子供の頃もこうして成長してからも、ある人からは罵詈雑言を浴びせられ、またある人からは石を投げられ……真夜の日が近付くにつれ、いつもいつも憂鬱で仕方がなかったのでございます。
修道院にいた頃は院長や比較的仲のよかった同僚の皆さまが庇ってくださいましたが、それでも大半の修道女は私に対して地を這う蟲を見るような侮蔑的な目を向けてきておりました。
忌み嫌われる魔族がなぜ聖職者の服を着て歩いているのだ、と。
そう言わんばかりの目付きは、まるで鋭く尖れた刃物のような……嫌いなモノを嫌いとただまっすぐに言い放つような……酷く冷たいものだったことを覚えております。
正直、トラウマでしかありません。
できればもう思い出したくもありません。
スピカさんの目を直視できないのも、そのトラウマが一番の原因なんですの。
私は、誰かの本心に触れるのが怖いのです。
普段の自信ありげな言動も、すべて己の弱みを隠さんとする精一杯の強がりでしかないのです。
とっくの昔に自覚しておりましてよぉ。
自覚しているからこそ誤魔化しちゃうんですのぉ。
「うーん、と。リリアちゃん。ちょっとだけ顔上げてもらっててもいいかな?」
「……ふ、ふぅむぅ……? うぇぇ」
「ダメだよ。そうやってすぐに目ぇ閉じない。ちゃんとほら、こっち見て!」
「んふぇぁっ」
頬っぺたをむにりと掴まれて、無理矢理に顔を上げさせられてしまいました。
思わずビクッと肩を震わせてしまいましたが、彼女の強い意志を感じ取って、何とか目を開けさせていただきましたの。
眼前にはスピカさんのお顔がありました。
彼女の瞳の中に、今の私の姿が映っております。
眉をハの字に下げて、即座に泣き出してしまいそうな、そんな見窄らしい角有り乙女の姿が……うぅっ。
やっぱりこの見た目はトラウマの塊なんですのぉー……。
今日だけは鏡も水面も何も見たくありませんのぉー……。
ついつい口をへの字に結んでしまいます。
しかしながら。
スピカさんが、大きく一度、頷きなさいました。
そしてまた、一際ににっこりとなさいまして。
「リリアちゃんのその目、とっても綺麗だよ。ピッカピカの金色だ。宝石みたいでちょっと羨ましいな」
「はぇっ……?」
「角、触ってみてもいい? てかいいよね? 問答無用に触っちゃうからね」
「んぅぇっ」
頭のほうに伸びてきた手につい目を瞑ってしまいました……が、別に危害を加えられるようなこともなく。
すぐに彼女の手の感覚が伝わってまいりましたの。
何と言えばよろしいのか、地味にムズ痒いような心地の良いような、そんな焦れ焦れとした感触なんですの。
恐る恐る半目を開けて確認してみますと、まさに興味津々と言わんばかりに瞳を輝かせた、天真爛漫さ極まれりなスピカさんが私の頭を撫でておいでです。
新しい玩具をもらったお子さまのようですの。
本当に彼女に撫で回されるがまま……かといって素直に享受するわけでもなく、逆に首を振ってイヤイヤ拒絶するこでもなく、ただただ何も言わずに……彼女の手付きに身を委ねさせていただきま――あぅぇっ!?
そ、そこはダメですのっ。
角の先端辺りは特に感覚が変なのですっ。
サワサワされるとゾクゾクしてしまいますのっ。
……うっくぅ。
「あ、あのっ……スピカさん……? コレいつまでお続けなさるおつもりでしてぇ……?」
「んふふーいつまでかなぁ〜。ずっとかなぁ〜?
それじゃあ一つだけ、私の質問に答えてもらってもいい?」
「ご質問……? かっまいませっ……んのっ……」
この状況で何をお問い合わせなさるというのです。
すると、すぐさまに、スン、と。
その手をお止めなさいましたの。
そうして。
「あのさ。リリアちゃんがあの重さのチカラを使えたのも、この角が有ったからってコトでいいんだよね?」
「……え、ええ。そうだと思いますけれども」
「そっかぁ」
無論、あの〝重さの異能〟は世の中の誰しもが扱えるモノではございません。
特例中の特例、アウトローの中のアウトロー。
女神の魔法とも根本から異なるモノなんですもの。
ゆえに異能と呼ばせていただいております。
本当に物心ついた頃から自然に発動できておりました。
別に厳しい研鑽を重ねたわけでもなく、誰かから教わったわけでもなく、もちろん天に祈りと願いを捧げたわけでもなく。
おそらくコレは私が魔族の血を引いているからでしょう。
そうとしか考えようがございません。
それに、あのチカラを強く解放すればするほど、真夜の日に現れ出てくる身体変化の度合いも顕著になってしまいますし……むしろ全くの無関係と見做すほうが難しいまでありましょう。
ちなみにフィードバックが酷いときには、角や尻尾が生える他にも全身が鉛のように重くなってしまったり、謎の高熱や火照りに見舞われてしまうことなんかもありましたの。
異能を発動しなかった月はせいぜい半日ほどで治まるのですが、酷いときには翌日の朝を迎えるまでずぅっとグロッキー状態でいたことだってあるのです。
使用に際して相応のリスクがある以上、そして使えば使うほど真夜の日の症状が重くなってしまう以上、基本的にはあのチカラは封印しておくに越したことはないのでございます……っ。
たしかにこの角があるから異能が使えるとも言えるんでしょうけれども。
自身のチカラではなく、異能のチカラに頼らないといけない状況は、聖職者の私にとって何よりも敗北を示すということに他なりません。
私が完璧な人間ではないことを証明してしまうのです。
ほら、やっぱり幻滅してしまいましたでしょう?
そう思って、スピカさんのご様子を確認させていただいたのですけれども。
「だったら、私はこの角が好きだよ。そんでもちろんリリアちゃんが好き。私のピンチを救ってくれた、綺麗で強くてカッコいい聖女さまが好き。そうでしょ?」
すぐに今日一番の優しい手つきで、私の角をふわりさらりと撫でてくださいましたの。
まるでとっても愛おしいモノを触るようなお手付きで、優しく、優しく……慈しんでくださるのでございます。
心がほわほわとしてしまいます。
「私のこと、気持ち悪くは思いませんの?」
「あっはは思うわけないじゃん。むしろ角が生えてるリリアちゃんって、いつも以上に動物みたいで可愛いなって思うくらい」
「……んもう。人をペット扱いしないでくださいまし。ふふふ」
胸のつっかえが取れたような気がいたしました。
スピカさんがスピカさんのままでよかったですの。
そしてまた、とっても安心してしまいましたの。
貴女の横を歩める私は、きっとこの国で一番の幸せ者なんでしょうね。
ちょっとだけ誇らしく思えてしまいました。
 




