乙女の良いダシが出ておりましてよ
村の中で聞き込みを続けているうちに、早くも夜になってしまいました。
幸いにも村長さんから格安のお宿をご紹介いただけまして、ただ今はスピカさんと一緒に貴重なお風呂に入らせていただいている最中です。
本来であればこんな湯浴みのサービスまでは宿泊の内容には含まれていないらしいのですが、ゴブリン退治のご提案をさせていただいたところ、村人の皆さまに両手を上げて感謝されてしまいましたの。
そういった経緯で数日ぶりの沐浴を楽しませていただいているというわけです。感謝感激雨聖女ですの。
チヤホヤされるのってすんごく気持ちがイイんですのねっ。
正直クセになってしまいそうです。
我ながら高貴かつ便利な身分で助かりましたの。
勇者と聖女だからこそ成立した交渉だとも思います。
私、使えるモノは何でも使う主義でしてよ。
大変な旅の最中であっても、なるべく良い環境に身を置いておきたいのでございます。
「むふふふ〜……やっぱり沐浴こそがお肌の潤いの秘訣ですの〜……さようなら私の三日間の穢れと汚れ〜。そしてようこそピチピチ珠素肌〜」
汗や埃でゴワゴワになってしまった艶髪を、手櫛で少しずつ丁寧にほぐしてまいります。
私ご自慢の白めの金髪がみるみるうちに輝きを取り戻していきます。
はぁぁぁー、生きててよかったぁ、ですの。
お風呂こそが至高と言っても過言ではありません。
「それはそうと、どうしてスピカさん浮かない顔をしていらっしゃいまして?」
お隣の、少しだけ表情を曇らせた彼女が気になってしまいました。
私と同じように髪を流していらっしゃるのですが、どうも今このときを楽しめていないように見えてしまいます。
「いやぁさ。この大釜、ホントは収穫祭のときに使う為のモノなんだってね。いいのかなーって。そんな大事なモノをお風呂なんかに用いちゃってさ」
「道具ってのは定期的に使わないとすーぐにダメになってしまいますの。コレも慈善活動の一環なのでございます。私自ら煮込まれて清めてさしあげますのぉ〜」
私たちが浸かっているこちら、実際にはお風呂なんかではございません。
人が三人余裕で入れるくらい大きな料理用のお鍋ですの。
大釜とでも呼ぶべきシロモノなのでしょう。
聞いたところによれば、近年は麦の収穫量が減ってしまっているせいで、その年の豊穣に感謝する祭りを催せていらっしゃらないのだとか。
収穫物をまとめて煮込む為の大釜が現在は無用の長物と化してしまっていたらしく、これはチャンスと思ってお声掛けをさせていただきましたの。
我ながらナイスアイディアでしたわね。
聖女自らが身清めに使用したとなれば、少しは祭具も浮かばれましょう。
「村人の皆さんがイイなら別にいいけどね。実際助かってるわけだし。でも、まさか収穫祭もできないほどになってたなんてなぁ」
「単にゴブリンの数が増えただけ……であればズバッとと駆除してしまえばよいだけなんでしょうけれども。ふぅむぅ……」
そんなに単純なお話でもなさそうな気もしてますの。
弱い魔物がわざわざ人間のテリトリーにまで盗みに来るだなんて、そんな大変でリスクの有りそうなこと……。
ちなみに明日から本格的な調査を始めましてよっ。
今日はその為の休息日なのでございます。
知恵を絞るにはある程度の余裕が無いといけませんからね。
連日の野宿でギチギチに凝り固まった身体では良き考えなど生まれ出づるはずもございません。
久しぶりのちゃんとした身清めにうっとりとしつつ、今はちゃっぷんと盛大にお湯を楽しませていただきましょう。
さすがは村一番の大きさを誇る大釜です。
温度もサイズも申し分無いですのっ。
底には木枠の床板が沈めてありまして、ほとんど立つような形で浸からせていただいております。
二人一緒に入っても全然余裕があるのでございます!
もしお湯がぬるくなってきたら外に出て、下のカマド部分に薪を足せばよいと仰っておりました。
これ、なかなかに画期的ですわよね。
きっと今頃は乙女の良いダシが出ておりましてよ。
ふふっ。残り湯を売ったらもう一儲け出来るかもしれませんの。新たな小銭稼ぎの予感がいたします。
……もちろん冗談ですけれども。
「それじゃリリアちゃん。聞き込みして集めた情報、今のうちに整理しておこっか? 時間あるし」
「おっけですの。のぼせる前に済ませておきましょう。お風呂上がり後にはご夕食が待っていることですしっ。
パッパちゃっちゃとまとめちゃいますのっ」
「そうだね」
スピカさんったら、ほんの少しだけ身長が足りていないのか、湯船の中で微妙につま先立ちをなさっていらっしゃるようです。
なんだか妙に気の毒になりましたの。
この手でお身体を支えてさしあげましょう。
……ほわっ。何ですのこの身体っ!?
端的に言って〝凄っ!〟ですのっ。
適度に引き締まっているというのに、女の子特有のスベスベ感や柔らかさは少しも損なわれていないとは……さすがは女勇者に選ばれるような方でしたの。
単なるロリ体型ではなかったということですか。
ついつい溢れ出てしまう嫉妬心を聖女パワーで浄化しておきつつ、キリッと真面目モードに頭を切り替えさせていただきます。
さてさて。
村長さんや村民の皆さまから伺った情報はこんな感じでございました。
1) 被害が出始めたのはちょうど二年前くらい。
2) 夕方から夜にかけて、近隣の森の中でゴブリンの姿を見た者がもう何人もいる。
3) 以前は畑の拡張も視野に入れていたが、被害を考慮して見送ったという経緯もある。
4) 村の中での仕事が減っているせいで、村の男勢は皆王都のほうに出稼ぎに行っている。
5) 現状、魔物は村の中にまでは来ていないが、収穫シーズンが近付いたら不安で夜も寝れそうにない、とのこと。
……ふぅむ。
事態は思ったよりも深刻かもしれませんわね。
まさかまさか、男性の皆さまが軒並み出稼ぎに行っていらっしゃったとはッ!
どおりで私のイケ殿方センサーが反応しなかったはずです。もし良さげな男性がいらしたら必ずビビビッと来ておりましたもの。
村に足を踏み入れた際に少しばかり活気が足りないように感じてしまったのもそのせいなのかもしれません。
一応の認識合わせのため、真横のスピカさんに問いかけさせていただきます。
あと、あの……水面からお口を出せまして?
お魚さんみたいになっていらっしゃいましてよ?
頻繁にブクブクしていたら溺れてしまいますの。
ふふっ。スピカさんって見た目に即して子供っぽいところがありますのね。
クールでオトナな私とは大違いですの。