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そりゃあ愛着も湧くはずですの……!

 

 その後私たちは苦笑気味な談笑を交えながらも無事に一夜を明け、十二分に休息をとってから湖のキャンプ場をサヨナラさせていただきました。


 いやはや警戒が杞憂に終わってよかったですの。


 結局、結界魔法には何も反応いたしませんでした。

 チンピラさん方はちゃんと逃げ去ってくださったようです。


 よほど私の牽制が効いたのでございましょう。

 ハッタリもかましてみるものですわね。


 朝を迎えるまでの間も実際に帰路に着いている間も、特に私たち以外の気配は感じられませんでしたの。


 今度こそ彼らがトレディアの街からいなくなってくださっていることを願うばかりです。


 と言いますか、このまま人知れず人里から離れていってくださいましっ。


 決して王都方面に向かったりだとか、途中のアルバンヌの村にちょっかいを出したりもいたしませんよう。


 お次はホントに埋めちゃいますからねっ!

 そのまま畑の肥やしにしてやりますの。


 ふっふんっ。



 さてさて。というわけで。


 またまた半日ほどを費やしてトレディアの街へと戻ってまいりました。


 依頼完了の報告と愚痴をギルドの受付様へ伝達して、晴れて私たちの本街の拠点であるオンボロ宿へと帰り着いたのでございます。


 何だか安心してしまいますわね。


 煤けた壁も埃っぽい空気もゴワついたベッドも薄っぺらいシーツも、慣れてしまえばこっちのものですの。


 命の危険に晒されるよりはずっと気が楽なのだと再認識することができました。


 今日は一日ここで身体を休めさせていただきます。



 でも、そろそろ。

 この拠点ともお別れになってしまいますわね。



 夕陽に赤く染まる街並みを窓の端っこから眺めながら、ふっと軽くため息を吐かせていただきます。



「……もうすぐ二度目の〝真夜の日〟がやってきますの。計らずも、私の秘密を打ち明けるにはちょうどよい条件が揃ってしまいました」


 窓の外を見つめながらも、私の後ろのベッドに腰掛けるスピカさんとお話いたします。



「昨日見せてくれた、あのすっごい身体が重くなるヤツもそれに関係してたりするの?」


「ええ、一応は。本当はもっと手軽な感じでお見せしてさしあげるつもりだったんですけれどもね。

私の中に眠るあのチカラを解放すればするほど、真夜の日にまとめてツケが返ってくる仕組みになっておりまして」


 今回の解放具合から察するに、おそらくは発熱と全身の筋肉痛と、軽微な身体変化とそれからそれから……。


 普段の何も罰を伴わない感じを小程度と言い表すならば、今回のは間違いなく中程度までいきますの。


 場合によっては女神様が直接ご降臨なさるかもしれません。


 ……それはそれで説明の手間が省けますので、今回に限ってはちょうどよいのですけれども。


 うー……ですが、あんまりスピカさんをあの人に会わせたくありませんのよねぇ……。


 何より幻滅させたくありませんし。

 これ以上の心労を掛けたくもありませんし……。



「ま、今日は一日ゆっくり休んでさ。明日からまた頑張ろうよ。私も、ちょっと課題見つかっちゃったわけだし」


「今の私たちに圧倒的に足りていないのは、まず間違いなく、攻撃力ですわよね。実感いたしましたの」


「うん。だね。手数とスピードだけではどうにもならないんだなぁって。全部ちゃんと対処できないと……勇者らしくないよね」


 一際沈んだ声に急いで振り返って見てみますと、彼女はお腰のホルダーからご愛用のナイフを取り出して、その刃先をじっと見つめておりましたの。


 どこか古ぼけたデザインのソレはとっても使い込まれていて、持ち手も刃の柄部分もたくさんの細かな傷が刻まれております。


 きっと長い時間を共に過ごされてきたのでしょう。


 今もなお、ただ握っているだけのはずですのに、彼女の手にしっくりと馴染んでいるようにお見受けいたします。


 使い慣れているからといって、その武具自体が優れたモノであるというわけでもありません。


 達筆な人は筆を選ばないとよく言いますが、良質な筆を手にすることができればそれこそ(オーガ)に金棒ですの。



「たしか職人街のほうに良さげな武器商店がありましたわよね。明日、もう一度覗きに行ってみませんこと?」


「……うん。そうだね…………そうしよっか」


 随分と尻すぼみなお声でしたの。

 どうやらお手元のナイフにかなりの愛着が湧いていらっしゃるらしいのです。


 別に買い替える必要まではないと思いますの。


 あくまでスペア的な運用か、ここぞというときに用いるだけでも全然選択肢が増えると思うのです。


 気を遣うわけではございませんが、軽く微笑んでさしあげますと、すぐに補足してくださいましたの。



「このナイフはね。お爺ちゃんからもらったモノなんだ」


「はぇー……え、あ、ってことはソレ!? 勇者の剣ってコトですの!? もしくは大事なお形見のお一つでして!? これは失礼な物言いを」


「あっはは。別にそんな大それたモノじゃないよ。私がまだちっちゃい頃には、大人用の剣じゃ重いだろって渡されてさ。それ以来ずっと使ってる感じ」


「そりゃあ愛着も湧くはずですの……!」


 そんな大切なモノを簡単に買い替えられるはずがありませんものね。ごめんなさいまし。


 だ、大丈夫ですの。私だって分かっておりますの。


 お国の勇者様だからといって、カッコいい両手剣を扱わなければならないルールもありませんわよねっ。


 ましてスピカさんは小柄なご体型なのです。

 今でも剣はちょっと大きいかもしれません。


 それにスピードを活かしたスタイルに長物系は合わないかもしれませんし、本当に購入するのであれば相応にお金も掛かってしまいますし。



「こっ、購入はあくまでジャストでベストな品があった際のイチ選択肢でしかありませんのっ。もちろんのこと強制もいたしませんしっ」


「うん。ありがと。分かってる」


 もう一度優しげな苦笑を見せてくださいました。


 それはまるで、非力な自分を悔しがっているかのような、もしくは愛用の刃を名残惜しくも慈しんでいるような……そんな様々な感情が見え隠れする複雑な笑みでございましたの。


 スピカさん。一緒に強くなりましょう。


 今回の奇襲を受けて、私もただ守られるだけではいけないと思えたのです。


 単に傷を癒すだけが聖女の務めではないのですから。

 

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