それから眠り姫ちゃんにもよろしくって
「ほら、コレ」
少しだけ困り眉気味なスピカさんが、テントの隅のほうからガサゴソと小さな皮袋をお取り出しなさいましたの。
手に取って確認してさしあげたいところでしたが、おあいにく今の私は上手く身体を動かせません。
そんな不自由さをお察しくださったのか、袋の口を開いて直接中を見せてくださいました。
そこにはキラキラと輝くモノが……複数枚もっ!?
「うわぁお。溢れんばかりの銀貨じゃありませんの。どうしたんですのコレ」
今まさにジャラジャラと上品な音を奏でております。
ひぃふぅみぃ……ザッと見える範囲でも五、六枚はあると思いますけれども。
奥のほうにも詰まっているのだとすれば、それこそ十枚弱は入っているかもしれません。
「なんかミントさんがくれたの。面白いモノ見せてくれたお礼だって。街に戻るつもりもないからって」
「ふぅむ。あの人がわざわざ……?」
何故だか無性に裏を感じてしまいますの。
律儀なのか適当なのか、最後まで掴みどころの分からない方でしたわね。
そういえば戦闘が本格化してからはまたお姿が見えなくなっておりましたが、おそらくは近くに潜んでいらしたのでございましょう。
見える範囲にいらしたのであればもれなく私の重さの餌食になっていたはずですのに、それを面白いの一言で片付けなさるとは。
……間違いなく手練れのご発言ですの。
直接バトらなかっただけ命拾いできたと言っても過言ではないと思いますの。
それも相対したチンピラさん方とは比べ物にならないほどの実力者さんなはずです。
チンピラさん方とグルになって実際に刃や拳を交えていたら、今頃は恐ろしいことになっていたかもしれません。
だって彼女は、〝魔族の嬢ちゃん〟と呼ばれていたんですもの……っ!
思い出しては思わず息を呑んでしまいます。
「それでね。また近いうちに会いましょって。それから|眠り姫《リリア》ちゃんにもよろしくって。それだけ言って……ケラケラ笑いながら飛んでっちゃった」
「なるほど。まさかとは思っておりましたけれども」
「いきなりパタパタパターって音が聞こえてさ。見たら黒い翼が生えてたの。あ、途中でフードもめくれてね。一瞬、角も見えたの。アレって」
「ええ、間違いなく」
もはや隠すつもりもなくなったということでしょうか。むしろ私たちに見せつけるがごとく、大胆な所業とも言えますの。
まったく。
ご面倒な方に目を付けられてしまったみたいです。
「お察しの通り、おそらくミントさんは魔族の方ですの。それも由緒正しき血筋の、それこそきっと魔王の血縁者か、それに近しいレベルのお家柄か……」
得意ではないと仰っていた身体強化の補助系魔法をアレだけ上手く使いこなしていらっしゃったのです。
彼女が十八番の魔法を扱ったら私たちでは対処しきれないかもしれません。
強大な魔力を扱えるだけの実力と教養を有しているのが良家の魔族の特徴なのだと聞いたことがございます。
何にせよ、命拾いしたのは決してチンピラさん方ではなく、私たち側だったのだと肝に銘じておいたほうが吉でしょう。
「魔族ってさ。300年前の戦争の中心にいた種族、で合ってるよね? 今は休戦中だとはいえ、一時は人間と一番敵対していたっていう……この世で最も忌み嫌われる種族……」
「ええ。仰る通りの認識で合ってますの。とはいえ彼女の口ぶりから判断するに別に〝反・魔王派〟というわけでもなさそうですし、私たちに直接危害を加えたいわけではないとは思いますけれども」
今回の奇襲は彼女の単なる気まぐれか、それとも私たちの小手調べの一環か。
彼女の真意のほどは分かりかねますの。
これは修道院にいた頃にチラリと耳にしたお話なのですが、魔族という方々は基本的に他種族よりも強大なチカラを有していることが多いゆえに、トンデモなく傲慢かつ自己中心的な性格の方が多いらしいんですの。
それこそ戦闘狂と呼べるほどにやたらと血気盛んであったり、とにかく金銀財宝に目がなかったり、他にも立身出世に異常に固執していたり……と。
そんな多種多様かつ自由奔放な魔族を一つにまとめ上げて、お国として成立させたのが現代の魔王その人らしいんですのよね。
今こそ仮初の平和が築かれてはおりますが、中には戦争の世に戻したいと考えている方々もいらっしゃるはずですから、もちろんのこと一枚岩な思想体系にはなっていないと思われますの。
今回ミントさんがどのような目的で私たちに接触してきたのかは分かりませんが、警戒を強化しておくに越したことはございませんでしょう。
私たち勇者&聖女のパーティには、強靭すぎる敵に相対した際に太刀打ちできる術がほとんどない、という明確な課題点も見つかってしまいましたし。
気を引き締めるイイ機会になったと思い込みましょう。
「ともかく狙いの報酬金は受け取れたわけですしっ。今回の件でかなりお金稼ぎの時間を短縮できましたわよね? そろそろ目標金額にも届きまして?」
「あ、うん。そうだね。多分そうだと思う。一応、ミントさんには感謝しておこっか。ホント色々あったけどさ」
「ええ。ちょっと複雑な気分ですけれども」
二人して苦笑を浮かべてしまいます。
私にもスピカさんにも全くの違和感を抱かせずに護衛任務を行わせるとは、まして自ら手の内を明かすまでは少しも魔族と匂わせなかったとは。
同族嫌悪の香りがこんな答え合わせになってしまいましたか。
まったくあの人の底が見えませんの……。
ホントに末恐ろしい限りですの……。
私とはあまり反りが合わない性格をしていらっしゃいましたが、できれば今後とも敵対まではしたくないものです。
また近いうちに会いましょ、ですって?
こちらとしては結構ご勘弁願いたいものですの。
正直トラブルの香りしかいたしませんの……。
っていうか近いうちって具体的にはいつですの〜?
トレディアの街を出たら、お次の目的地は件の〝大森林〟なのです。
人里からはかなり離れてしまっておりますし。
そもそもが巨大な天然迷宮と化しているそうですし。
できれば一悶着もないまま、スムーズに入場して大きな厄介ごともなく退場しておきたいものですの。
すんなり叶うとは思えませんけれども。
出発は次の真夜の日以降になりますでしょうか。
今から少しだけ気が滅入ってしまいます。
数日後がさらに億劫になってしまいましたの。
今回重さの異能を開放した分の清算と制裁が、ジワリと待ち受けているのでございます……っ!




