……そう。ジワリジワリと、ね?
地面に這いつくばる彼らの目の前でしゃがみ込んで、あえてニママ〜っという意地の悪い微笑みを見せてさしあげます。
ふふっ。心底悔しそうなお顔がお可哀想なこと。
今が最大のチャンスですの。
ズバズバと言葉でたたみかけておきます。
「ねぇ? 実力の差、コレでお分かりになれまして? 大の男二人が手も足も出せないこの状況、お恥ずかしくはありませんの? 口でも勝てず腕っ節でも勝てず、何なら勝てまして? 私なら表を歩けませんわね」
「「ングゥゥッ……!」」
このまま何もできない彼らを挑発し続けることは容易いでしょうが、かといって私の腕力や蹴力では彼らのお肌に傷を付けることができません。
上から岩でも叩き落とすことができれば話は別ですが、おあいにくながらここは物静かな湖畔です。
周囲には湿った小砂利しか転がっておりません。
ともなりますと、ふぅむ。
「実際問題、今のアナタ方に抗う術は残されておりまして? こうして無様に這いつくばることしかできないアナタ方に」
彼らに私とスピカさんの攻撃が通らない以上、戦いを続けるのは決して得策ではないと思われますの。
今は最大限に虚勢を並べておいて、必要以上に脅しておくしか手はないんですのよね。
ビビらせて戦意そのものを消失させますの。
こちらの真意を悟られても負けということです。
物理的に叩きのめして勝ちをもぎ取るのではなく、あくまで相手の心を折ることで勝ちとする――不戦勝こそが私たちの唯一の勝ち筋なのでございますっ!
更にグイと凄んで睨みを利かせます。
演技派女優の腕の見せ所ですの。
装うは、聖女ではなく〝悪女〟のソレですの。
「ねぇほらぁ? ご想像してみてくださいまし。
もしも私が更なる気まぐれを起こして、も〜っと強いチカラをアナタ方に差し向けてしまったりしたら……?
今度は地中深くにまでその身が沈み込んで、やがては完全に身動きが取れなくなって……ふふっ。
こんな人気のないところでは誰も助けに来ませんし、いずれは死んでしまうかもしれませんわね」
「「ン、グゥ……ッ!?」」
「あら? いきなり暴れてどうなさいまして?」
いよーしイイですの。抜群に効果アリですのっ。
ブルブルと身を震わせて対抗しようとしてますのっ!
こちらの焦りを悟らせてしまってはいけません。
じっくりと時間を掛けて、これでもかというくらいに余裕の程を見せ付けてさしあげるのです。
私の重さはお相手の思考と行動の両方を縛る毒ですの。
後からジワリジワリと効いてくるのでございます。
「仮にも私たちはお国の勇者と聖女ですもの。アブナイコトは人目につかないところでヤりますの。堂々と名乗れるだけの強大なチカラを有しているはずと、少しはご想像に至れませんでしたか?
これからは見た目と態度だけで物事をご判断なされませんよう、どうぞお肝にお命じくださいまし」
本当のお気持ちとしては今すぐにでも彼らのツンツン髪を引っ掴んでは無理矢理に顔を上げさせて、そのお顔にペッと唾を吐き捨ててさしあげてもよろしかったのですけれども。
さすがに絵面的に乙女的ではありませんの。
なくなく勘弁してさしあげます。
直接的な攻撃を仕掛けるだけでなく、精神的な圧を与え続けるだけでも充分にお相手の心を折ることは可能なのです。
ほら、昔から〝美女の微笑みほど怖いモノはない〟と言いますでしょう?
そしてまた〝タダより高いモノはない〟という言葉もあるのです。
己の持ち得る全てを利用してお相手の心を折る。
それこそが私の戦い方の真骨頂と言えましょう。
氷のような張り付いた微笑みを浮かべつつ、更に続けさせていただきます。
「ここまで話せばもうお分かりのことと存じますけれども。無様に野垂れ死にたくなければ金輪際私たちにちょっかいを掛けないことですわね。
言っておきますけれども、聖女の顔は二度までですの。
お次はないとお思いなさいまし。分かったらさっさと私たちの目の前から消えてくださいませんこと?」
今日一番の冷たくて低い声と共に、少しだけこの空間を支配する〝重さの圧〟を弱めてさしあげます。
多少身体の負荷が軽くなったといえども、間違ってもパンチやキックなどの俊敏な動きはできないはず。
ギリギリ立ち上がることくらいならできますわよね?
ほらほら、逃げ出すなら今がチャンスでしてよ?
「……ふふふ。足がすくんで動けないのかしら」
彼らが額に汗を滲ませながら辛うじて膝立ちになったのをしかと見届けてから、あえてゆっくりと踵を返して、私の背中をこれでもかと見せ付けてさしあげます。
もちろん隙を晒したいわけではございませんの。
むしろその逆、わざとらしくカツカツとヒールを鳴らして、強く、より強く、私の余裕ある姿を印象付けておくのです。
重さの圧を完全に解除してさしあげたわけではありませんの。
まだ自身の身体を鉛のように重く感じられているはず。
まるで己が心の底から恐怖に打ちひしがれてしまっていて、あたかも私が絶対的な強者であると知覚してしまっているかのごとく。
……そう。ジワリジワリと、ね?
「ふふっ。あら? どうなさいましたの? まだお逃げなさらないんですの?」
堂々と立ち止まらせていただきました。
そこから空を見上げるようにあえて角度をつけて、ゆっくりと振り返って、殊更に妖艶に微笑んでさしあげます。
彼らの目に、身体に、そして恐怖心に。
魔性の微笑みをまっすぐに刻み込みますの。
「それとも私の気が変わってしまうほうが、アナタ方のお望みということでして?」
「「くっ……覚え、てろよォ……!?」」
「早く忘れてしまった身の為だと思いますけれども。毎日のように怯えて暮らすのはあまり健康によろしくありませんの。
……ほら、分かったらさっさとお行きなさいまし。そして二度と出会さないことを神にお祈りなさいまし。長生きをしたければ」
パッと手のひらを鳴らして、そのタイミングで重さの圧を一気に解除してさしあげます。
今度は振り返る隙も残しはいたしません。
そのままさっさと走り抜けてくださいまし。
私の目論見通りに脱兎の如く逃げ出した彼らの背中を目で追って、やがて姿が小さくなっていって、完全に姿が見えなくなったのをしかと確認してから……!
「……はっふぅ……まさに名女優の名演技炸裂な瞬間でしたのぉ……マジで緊張いたしましたわよ……手に力が入りませんの……膝もケタケタ笑ってますの……ほっふぃぃぃー……」
ぺたんと尻餅を突くように崩れ落ちて、深々と安堵のため息を吐かせていただいたのでございますぅ……!