私のトッテオキの秘密を
ただいまはヒュンヒュンという風切り音だけが聞こえてきている状況ですの。
時折彼女の手の中にあるナイフが光を反射させて、少し離れた先で戦っていることが分かるんですけれども……いかんせんスピカさんの動作が速すぎますの。
これはもう〝勇者だから〟の一言で片付けるには少々無理があるような気がしております。
この風切り音、本当にヒトが奏でてもよろしい音なんですの?
お姿を目で追えないことって現実にあるんでして?
まるで風そのものなのです。
流れ星のごとく右に左に動いていらっしゃいます。
さすがに赤チンさんも青チンさんも、超スピードで移動するスピカさんを捕えることはできないらしく、無闇矢鱈に腕を振り回すだけしかできないようです。
よーし、いいですの。その調子ですのっ!
このまま彼らを翻弄し続けられれば、いずれ活路を見出せるかもしれません……!
今はある意味ではやっとの思いで膠着させられているも等しい状況なのでございます。
幸か不幸か、先ほどのアッパーカット以降は赤黒くて痛々しいモノはこの目に映っておりません。
両者とも血の一滴も見せてはいませんの。
つまりはどちらか一方が押しているわけでもなければ、その逆に活動不能に至るような致命ダメージも負わせられておりませんゆえに……。
言い換えれば、スピカさんのほうが機敏に絶え間なく動いている分、体力消費の面では圧倒的に不利とまで言えてしまうかもしれませんわね。
しばらく待っておりますと、もう一度、私の頬をシュンと風が撫でましたの。
それから程なく遅れて、スピカさんが私のすぐ横に姿を現し直しなさいます。
ほんの少しだけ肩で息をし始めていらっしゃいましたが、表情はやる気に満ち溢れていらっしゃるように思えます。
取り急ぎ治癒の光を当ててさしあげましたの。
ふっと安堵の息を吐いてくださいましたが、依然としてそのお顔には不安が残っていらっしゃるようです。
といいますのも。
「……あっはは。ちょっと困っちゃったかも。確かに押せてはいるけど、決定打が出せない感じ。正直ジリ貧だし、どうしよっかなって」
「ナイフの刃を解禁してもなお、ですの?」
「そうだね。アイツらの身体、マジめのガチめにバッキバキ。ホントにもう全身が金属で出来てるみたいな感じ。イヤになるよ」
「なるほど。殿方のソレがガチガチのバッキバキ状態ですか。それは困りましたの」
もちろん他意はないんでしてよ。
至って真面目な乙女のイチ反応ですの。
攻撃が通らないのであれば続けるだけ時間と体力の無駄と言えましょう。
ただでさえスピカさんは一撃の威力よりも手数の多さで圧倒する戦闘スタイルを主としていらっしゃいますゆえに。
少しもダメージが入らないというのは、ある意味では最も相性の悪い相手なのかもしれません。
しかも完全な防御タイプならまだしも、彼らもまったく攻撃を返してこないわけでもございませんし……!
今は勢いで圧倒できておりますので何とか追加のダメージは負わずにいられておりますが、こちらの手数が少なくなって、彼らが防御態勢を解けるようになったときが一番マズいかと思われますの。
攻撃してもいずれジリ貧、防御してはそもそもジリ貧、そしてまた一発逆転の手はすぐには見つかりそうにない、というこの危機的状況……。
戦闘を続けるだけ厳しくなるアレですわね。
今こそが決意のときかもしれませんの。
「この際、どういたしましょうか。今はもう、依頼完遂の報奨金を受け取れるのかも甚だ疑問となってしまったわけですし。
……悔しいですが、即刻トンズラをこいてしまうのも一つの手かとは思いますの。こんな中途半端な場所で足を止めているよりは、ずっとマシですの」
私たちの冒険はこんなところで終わっていいものではございません。
無様に敗走したから何だと仰るのです。
私たちがどんなに恥ずかしい思いをしようとも、そしてまた誰かに恥晒しだと後ろ指を差されようとも、コレを糧にまたイチから己を鍛え直せばよろしいのではありませんでして?
以前にも申し上げましたが、別にトレディアの街だけがお金儲けの拠点ではございません。
旅先でまた頑張ればよろしいのです。
ね? ね? ピンチはチャンスですの。
是非ともそういたしましょう?
貴女だけが苦しくて痛い思いをしなければならないわけではありませんの。
私も一緒に蔑まれてさしあげますから。
すぐさま眉をハの字にして目も潤ませて、非闘争&是逃走の意を必死に訴えかけてさしあげたのですけれども。
「リリアちゃんの言いたいことも分かるよ。けど、今回に限っては、それだけは絶対に選んじゃダメだと思うんだ」
「何でまた、どうしてですの!?」
「んだってさ。今私たちが逃げ出しちゃったら、それこそアイツらを止められる人なんていないに等しいわけでしょ? もっと付け上がらせる理由になっちゃう。私たちが守らなきゃ」
スピカさんが、勇ましくも切なげなお顔でお続けなさいます。
そしてまた、聖女の私なんかよりよっぽど慈愛とやる気に満ち溢れた微笑みを見せてくださいましたの。
「今ここでヤツらを懲らしめとかないと、まーた無駄にデカい顔してトレディアの街で悪さをし始めちゃうかもしれない。
そんなんじゃ誰も安心して冒険者ギルドを頼れなくなっちゃうよ。私たちが責任を持って食い止めなきゃなんだ」
「スピカさん……」
彼女の心にあるのは、きっと純度100%の正義感にちがいありません。
決して自分のためではなく、他者の平和な日常のために身を粉にして働ける心優しいお方なんですの。
さっき戦闘狂なんて言って申し訳ありませんでしたわね。貴女こそが勇者たる素質を持った真の勇者ですの。お見それいたしましたの。
どこかの誰かが否定したとしても、私だけは貴女を肯定して、そばに寄り添ってさしあげますのっ!
けれども正義感だけでは人は救えません。
心の強さだけでは強敵を退けられませんもの。
身体のほうもソレ相応の力を扱えるからこそ、そしてまた困難を乗り越えるテクニックを有しているからこそ、人の上に立つ存在になれると思うのでございます。
「でも、実際のところ打開の策はございますの?」
「そこがイッチバン厄介なんだよねぇ。正直、まだ何にも思い付けてないってのが本音かな。でも大丈夫。がむしゃらだけが私の取り柄だもん。とにかく、そろそろ第三ラウンドに行ってこないと――」
「……いえ、ちょっと待ってくださいまし」
おっけですの。分かりましたの。
私、貴女のまっすぐさに報いたいのです。
貴女が全力で戦うのならば。
私も全力で応えてさしあげるのみですの!
今更に己の持ち得るチカラを出し渋るようなコトは、そしてまた己の秘密をヒタ隠しにし続けようとするコトは、つまりはスピカさんを信じていないというコトとも言えてしまいます。
私はまっすぐに、素直に、そして誠実に生きていたいのです。
正直に、打ち明けさせていただきましょう。
「あの、今まで黙っていてすみませんの。……私、実はそこそこに戦えますの。むしろ人並み以上に。わりと圧倒的に」
「えっ……?」
今ここで、私のトッテオキの秘密を解放してさしあげますの。
まばたき厳禁でしてよ。
きっとそんな余裕さえもないと思いますけれども。




