良くて内出血、最悪骨が折れてる可能性まで
「それじゃ毎度お馴染みの先手必勝だよッ!」
付与魔法が終わるのを待っていたせいか、ウズウズしていらしたスピカさんが掛け声と共に一気に駆け出しなさいましたのッ!
しかも一瞬見えた横顔がわりと楽しそうでしたし。
お気持ちが分からないでもない……わけでもございませんが、手加減を余儀なくされていたところを、お相手方がイイ感じにパワーアップしてくださったのです。
全力を出せそうなのが嬉しくて仕方ないのでございましょう。
ふぅむ?
スピカさんって実はかなりの戦闘狂さんだったり?
もしや勇者になる決意をなされたのも単なる血筋による使命感だけではなくて、危険な土地に赴いて己の腕っぷしを試してみたかったり……?
想像の域を出ませんけれども。
彼女は瞬く間に相手方に肉薄なさいますと、真正面から赤いトサカ頭のチンピ……ああもう長ったらしいですわね! 略称赤チンさんの胸板を二度三度ブン殴ったのでございます!
それもただのパンチではございません。
ナイフの柄に全体重を乗せておりますゆえ、素手で殴るよりも遥かにダメージが大きいはずですのッ!
更には勇者の加護も働いておりますし、乙女の小さな握り拳だとはいえ、威力としては岩をも穿つ必殺の一撃になっているのでは……!?
と、淡い期待をしていたのですけれどもっ!?
「アァンなんだァ? その弱っちい攻撃はよォ。虫に刺されたかと思ったぜェ」
赤チンさんがスピカさんの拳を片手で抑え込みなさいましたの。そしてそのまま……っ!
「イヤさすがに固すぎじゃないかな――がっふッ!?」
強引に掴んではグイと引き寄せて――構えたもう片方の手で、胴体めがけて強烈なアッパーカットをお放ちなさったのでございますぅッ!?
ほぼノーガードのままスピカさんのお腹にダイレクトヒットしてしまいました。
弧を描くように宙に吹き飛ばされて、かなりの高さからドサッと地面に叩き付けられてしまいます……っ。
いても立ってもいられずに急いで駆け寄らせていただきました。
お腹の辺りを抱えて、歯を食いしばるようにして痛みに耐えていらっしゃいますのッ!!
「スピカさんッ!? 大丈夫でしてッ!?」
「……うっくぅ……ごめ……治癒、お願い」
「もっ、モチロンですのっ!」
早速ながらの緊急事態ですの。
今は質より速さが大事なのです。
ゆえに女神様。
今回は詠唱を省略させていただきますからね!
くぅぅ。服の上からでは患部が見えませんゆえ、これではイマイチ治療がしにくいですの。
ほんの一瞬痛むかもしれませんが、どうか我慢してくださいましぃ……。
服を丁寧に脱がせて彼女のお腹を露出させます。
「……ぐっ。これは中々にこっ酷く……」
お腹が赤黒く変色してしまっております。
良くて内出血、最悪骨が折れてる可能性までございましょう。
たかがグーパンチのお一つでここまでのダメージを負わせるとは……!
元より体格差があったとはいえ、ミントさんによる身体強化の魔法は私の予想よりもだいぶ効果が高いらしいですの。
決して油断していたわけではないはずですが、このパワー差は簡単にひっくり返せるものではございませんでしょう。
早いところ打開策を練っておきませんと……っ!
「リリ、アちゃ……すぐ、治せ、る……?」
「わっ、私を誰だと思っておりましてッ!? 誰もが認める安心と信頼の聖女様でしてよッ!? っていうか喋るとお身体に響きますのッ! 貴女は黙って待ってなさいましッ!」
治癒が行えなければ一刻を争うレベルなのです。
超速で両手に癒しの光を集めては彼女の腹部を優しく照らし続けてさしあげます!
……ああ、よかった……っ。
次第に腫れがおさまっていきましたの。
もう一度貴女を戦場に送り出さなければいけないのが忍びなくて堪りませんが、どうか非力な私をお許しくださいまし。
完治させるにはもう少々お時間を頂戴したいところですが、いつまで彼らが待ってくださるかは分かりませんし。
チラリと横目でチンピラさん方を確認してみます。
ニヤついたお顔が実に憎たらしいのです。
すぐに終わらせてはつまらない、といった魂胆なのでしょうか。
可能な限り私たちをいたぶって、地べたをのたうち回らせて、と。
どこまでも悪趣味な連中ですの。
勝ち誇っていられるのも今のうちでしてよ。
スピカさんの気力が折れぬ限り、そしてまた私の魔力が尽きぬ限り、何度でも立ち上がらせていただきますゆえに。
やはり、ここは早めに、私の奥の手を――ッ!
「おっけありがと。だいぶ良くなったかも」
「帰ったらキチンと治療させていただきますゆえ、今はこれで我慢してくださいまし。立てまして?」
「うん。大丈夫」
まだ少し痛むかもしれませんが、戦う分には問題なくなったはずですの。
彼女の華奢腕に手を差し伸べて、姿勢を戻させてさしあげます。
改めて、大男二人に対峙なさいましたの。
「……次は本気の本気で行くよ。命の保証まではできないから、今のうちに謝っとくね」
「フン。簡単に壊れてもらっちゃ困るからなァ? あの程度じゃあストレスの発散にもなりゃしねぇ」
「私もね」
キッと睨め付けるスピカさんを他所に、赤チンさんと青チンさんはその拳と手のひらを打ち合わせて、こちらをガンガンと威圧なさっております。
一触即発の空気、再び、ですの。
ついにスピカさんがナイフを鞘から抜きました。
腰を低くして、おもむろに逆手に構えなさいます。
「リリアちゃん。本気でマズいかもって思ったらアイツらにも治癒魔法をかけてあげて。それじゃ、よろしく」
「え、あ、ちょっとスピカさんッ!? それってどういう――」
全てを言い切る前に、スピカさんは、私の前から姿を消しましたの。
フッという風圧が私の頬を撫でただけなのです。
彼女が特に予備動作も音も振動もなく、ただただ素早く大地を蹴って飛び出したのだと気付けたのは――赤チンさんの呻き声が、この耳に遅れて届いてきたからでしたの。
見えない斬撃とでも言えばよろしいのでしょうか。
手数とスピードに特化した彼女の真骨頂ですの。
私では到底目で追えないレベルなのでございます。