ビジュアルが完全に大男のソレでしてよ!?
彼らも私も、ほぼ同時に大きめの溜め息を吐いてしまいました。
直後に赤トサカのチンピラさんがお股間の辺りから何かを取り出して……ソレをジャラリという金属音と共にミントさんに手渡しなさいましたの。
夕光に反射して、一瞬だけモノが見えました。
アレは複数枚の銀貨でしたわね。
おそらくは私たちをここまで連れてきた賃金と、頼まれた何かとやらを施すための代金かと思われますの。
身銭を稼ぐために私が冒険者ギルドを利用しているように、ミントさんもまた、チンピラさん方を利用してお金を儲けていらっしゃるのでしょうか。
彼女が特段な不正行為をしているわけでもありませんので今は目を瞑らせていただきますけれども。
騙されて連れてこられてしまったも同然ですゆえ、いきなり訪れようとしているピンチを切り抜けるために、全力を出させていただければと思いますの。
ミントさんがどこからか取り出した皮袋に硬貨をしまい込みましたの。
「はい毎度あり。確かに受け取ったわ。つーかアタシ、補助魔法はそんなり得意じゃないんだけどね。
でもまぁ、こんなんでも何もしないよりは全然マシなんでしょ? ホーント、人間って貧弱で可哀想」
「ケッへへ。コイツさえ有れば鬼に金棒よォ」
ニヒニヒとイヤらしく笑うチンピラさん方に、ミントさんが両手を向けましたの。
まもなくして手のひらが赤黒く発光し始めます。
更には何やら口の中でモゴモゴとお呟きなさっていらっしゃるようです。
魔法の詠唱なのでしょうか。
内容までは聞き取ることができません。
手のひらに集められた魔力が一点にぎゅるんぎゅるんと濃縮されていきました。
次第に眩く赤く光る小球を形成していきます。
「……スピカさん。今が絶好の不意打ちチャンスかと思われますけれども」
「ダメだよ。そんなの勇者の行いじゃないでしょ」
耳打ちしてボソッと奇襲作戦をご提案さしあげましたが却下されてしまいました。
さすがはスピカさんですわね。
女神様からも一目置かれているわけですの。
嫌な予感を胸に抱きつつも、むむんと口を結んでしばらく待っているうちに、お相手方の魔法の詠唱が終わったようです。
生成された赤の小球がチンピラさん方の両方に吸い込まれていきました。
とはいえパッと見では特に変化が訪れたような感じはいたしませ――いえ、早速嘘を言いましたの。
耳を塞いでも分かるレベルで、ボコッ、ズバコッ、ミチミチミチィという肉が隆々と盛り上がるような音が聞こえてきているのです。
彼らのお身体、さらに深く言えば纏っている筋肉の鎧が、今まさに何倍にも膨れ上がり始めておりませんこと……!?
私の気のせいじゃありませんの。
ムキムキからゴリゴリに変わっております。
サイズ感も二倍くらいになっておりませんでして!?
ビジュアルが完全に大男のソレでしてよ!?
まるでオイルを塗ったかのようにお肌がツヤツヤテカテカになっております。
もはや彼らの胸板はまるで金属のソレと同等と呼べるくらいの輝きを放っているくらいなのです。
下手したら弓矢も弾き返してしまいましょう。
よく研がれた剣の刃だって即座に刃こぼれしてしまいそうなレベルにガチガチのムチムチですの。
もしや今の魔法は、人の身でありながら人の身を超えられるほどのチカラを得られる、超絶身体強化の秘術ってことでしょうか……!?
「くぅぅぅー、キくぜェ。五臓六腑にまで染み渡りやがる」
「ああ。正直病み付きになっちまいそうだ。少なくとも銀貨分の価値はあるってこったな。ガハハハハハ」
ただの見掛け倒しであれば嬉しいのですが、わざわざこの一部始終を見せ付けてきたということは、それなりに実績のあるパワーアップ方法なのかもしれません。
少なくともあんな無理矢理めな筋力増強などは聞いたことはございませんの。
おそらくミントさんの独自の魔法か、もしくは表の世界には出回っていない非合法的な魔法かと思われます。
いずれにせよ、今の彼らは人の身を外れた馬鹿力を出せると見て間違いはないはずです。
舐めてかからないほうがよさそうですわね。
「待たせたな。ズタズタのボロ雑巾にしてやる。ナマイキな自分らを後悔するがいい」
「まずは勇者のガキからだ。終わったら次は聖女な。怖気付いて逃げんじゃネェぞ」
うおぅふ。前方からの圧が凄まじいのです。
石縛蛇に睨まれた毒斑蛙ではございませんが、既に私はもう一歩も足を動かすことができません。
スピカさんが頼みの綱ですのっ!
「力技だけでどうにかなるほど私は弱くないよ。返り討ちにしちゃうんだから……!」
「どうかお気を付けくださいまし。彼らの身体、明らかに普通ではありませんの。相当な純度の筋力増強魔法が掛かってるみたいですの。アレ、間違いなく法外な魔法でしてよ」
違法も法というスラングがございますゆえ、打ち消し魔法をこの場で編み出すか、もしくはゴリ押しにはゴリ押しで無理矢理退けてさしあげるしか手はないのです。
私もまた、治癒魔法を唱えるために拳を握りしめておきます。
……きっとスピカさんのことですの。
また自傷ダメージを顧みない捨て身な特攻をお仕掛けなさるはずです。
定期的に治癒してさしあげなければ、彼女の珠のようなツヤ肌に痛々しい傷が残ってしまいましょう。
もしも回復が追いつかないで、万が一に彼女が戦えなくなってしまうようなことがあれば……お次は私の番ですわよね。
私自ら、出るしかありません。
すぅー……ふぅー……っ。
そのときはそのときですの。
開戦のベルが今、脳内に鳴り響いたのでございますッ!