魔物の被害、ですの?
それからおおよそ一時間後のこと。
ちょうど朝とお昼の境目辺りの時刻でしょうか。
アルバンヌの村に到着いたしましたの。
入口と思われる木製のアーチ門を息を切らせながら潜らせていただきます。
「えっと、何だかんだで到着しちゃいましたわね」
「うん。一応無事に着いちゃったね。人の気配もあるし家畜なんかも元気そうだし、やっぱり私の気のせいだったのかな……」
村の中には農作業に勤しむ方々の姿がちらほらと見えております。腰ほどの柵に囲まれた内側では畜産動物たちがモウモウ、コケコケと忙しなく鳴いておりましたの。
至って普通の田舎風景とも言えましょうか。
それにこの、地方ならではの香り……っ。
あの農村特有の芳しい香りがふよふよと漂っているのでございます……っ。
よく干された牧草の落ち着く香りに混じって、かなりキツめの動物のフンのような臭いが、それはもうガッツリと。
良い意味でも悪い意味でも絶えず鼻腔をくすぐってきているのです。
慣れるにはもう少々時間が掛かりそうですわね。
ただでさえデリケートな乙女はこういう異質さに特にビンカンなのでございます……!
修道服に染み付いてしまったらイヤですの。
身清め魔法の範囲を広めておきましょうか。
ちなみに何となく沈み込んでしまう気持ちは、この臭いのせいだけではございません。
視覚的な情報からも大いに切なさを感じ取れてしまっているのです。
「でも……何というかこの村、全体的に寂れてしまっておりますわよね? 少しも活気とやらが感じられませんの。
例えるならば枯れ草とか落ち葉とかそんな感じの、地味ぃで細々とした雰囲気が支配しておりませんでして……?」
「うーん。麦畑もあるにはあるみたいだけど、想像してたよりもずっと小規模なんだよね。案外これくらいが普通なのかな? でも、なんだかなぁ。ほんのちょっぴりガッカリかも?」
ふぅむ。やっぱりスピカさんもそう思われまして?
仰る通り、麦を名産として押し出すにはちょっとばかりインパクトが足りませんわよねぇ。
見たところ村の中にはポツンポツンと民家が建っておりまして、その周りにはもれなく麦畑が隣接されているようなのですが、どれも小規模農業的な雰囲気を脱せていないのでございます。
せいぜい庭先栽培に毛が生えたレベルですの。
あくまで家庭菜園の延長線上に見えるのです。
もっとこう麦畑ってのは広大な土地で、それこそ視界一面が黄金色に染まってしまうくらいの豪快さをもって行われるモノなのではございませんでして?
必要以上には作らないというよりも〝これ以上はホントに無理、土地が足りないし管理しきれないから勘弁して〟と涙ながらに訴えかけてきているような、ある種の弱々しさまで感じ取れてしまったのです。
もしやコレが近年の課題である少子高齢化の影響……!?
働き手自体が少なくなってきておりますの……!?
とりあえず村の入り口付近でキョロキョロしておりましたところ、近くで農作業をなさっていたご老人が私たちの到着に気付いたのか、ゆっくりとした歩調で歩み寄ってきてくださいました。
背中を丸めて、干し草用のピックフォークを杖代わりにしていらっしゃいます。
麦わら帽子がチャーミングなご老人ですの。
「おやおや、珍しいのぅ。若い娘っ子さん二人でご観光かな? こんな辺鄙な村によくぞおいでなさったのぅ」
「どうもお爺さま。ご機嫌麗しゅうですの」
まずはぺこりと頭を下げて先にご挨拶させていただきます。
ご老人も麦わら帽子を傾けて挨拶を返してくださいました。
ああ、よかった。どうやら人の心までは荒みきってはいないようです。余所者を歓迎してくださるだけ何千倍もマシってお話ですわよね。
ひとまずは安心できそうです。
「あの……私たち、ここが麦の名産地だって聞いて王都からやってきたんですけど」
「ああ、そうかい。すまないねぇ。数年前まではどこの家も村の外に黄金色の畑を広げていたんだが、ここ最近はソレが叶わなくてねぇ。そりゃあもう魔物の被害が多くて多くて……」
「魔物の被害、ですの?」
そのせいでこんなにも寂れた感じになってしまっておりましたの?
こんな王都からそこまで離れていないような土地で――いや、それでも簡単に徒歩で来られるような場所でもないんですけれども――まさか魔物に脅かされる日々が繰り広げられていたとは。
私ったら完全に井の中の蛙、もとい修道院の中の修道女状態でしたの。
毎日王都で呑気にお祈りを捧げていたのが恥ずかしくなってしまいますわね。
ちなみに今はどんなご被害状況なのでしょうか。
首を傾げてお言葉の続きを促してさしあげます。
「おそらくはゴブリンの仕業だろうのぅ。ヤツら、夜の間に何処からともなく現れ出てきては片っ端から農作物を盗んでいきやがる。
さすがに夜通し監視を立てているわけにもいかんからのぅ。こうして村の内側で細々と続けていくしかないってこった。本当に困ったもんじゃて」
ふぅむ。なるほどゴブリン被害ですか。
修道院の書物庫に魔物についての図鑑が置いてあったような気がいたします。
軽くサラ見をした程度ですので、内容についてはザックリとしか覚えておりませんけれども。
確か……深緑色の肌の、成長しても子供くらいの身長にしかならない小人型の魔物でしたっけ?
高い鼻と長い耳が特徴的で、キィキィと甲高い声で鳴くとかも書いてあったはずですの。
大して力は強くはありませんが、その分すばしっこくて厄介なのだとか。
人語理解ができる程度の知能も有るとか何とか書かれておりましたわよね。
あら? 私ったら意外に記憶力がイイですのっ。
それにしても、そんな面倒そうな魔物らが人目に触れずに盗みを働き続けているとは、確かに困ったものかと思われます。
きっと商売あがったりなのでございましょう。
盗まれると分かっていて、それでも作物を育て続けるしかない虚しさ……心中お察しいたしますの。
「えっと、どう思う? リリアちゃん」
恐る恐ると言ったご様子で私に問いを投げなさいました。
ふぅむぅ。スピカさんのその物憂げなお顔。
出来ることなら助けてあげたいと。
そう切に思っていらっしゃるお顔ですわよね?
言葉に表さなくとも分かってしまうのでございます。
「私個人としては美味しいパンが食べられるのであれば別に何でもよろしいんですけれども……でも貴女の場合は、そうは問屋が卸しませんのよね?」
「そうだね。困ってる人を前にして何もしないっての私の選択肢に無いかな。コレばっかりは根っからの性分なんだ」
「であればどうぞ貴女のお好きになさいまし。私はただ、聖女の寛大な心をもってご助力して差し上げるだけでしてよ」
どうやらアルバンヌの村にはしばらく滞在することになりそうです。
つまりはゴブリンの被害を無くすミッション、スタートってことですのっ!
やると決めたら全力ですの。
まずは今晩のお宿を決めてから、それから詳しく聞き込みを始めることにいたしましょう。
ついでに村長さんにもご挨拶をしておいたほうが、具体的な報酬の交渉なんかも出来ちゃいますわよね?
この旅は慈善活動ではありますが、別に無償の奉仕活動というわけではないのです。
旅には資金が必要なんですの。悪しからずっ。
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あ、☆は4つまででいいですからね!?
最初に5つ入れちゃうとそれ以上を
入れたいときに困っちゃうんだからね!?
(経験者はかく語りき)
ちなみに感想や応援コメントが最高級に嬉しいのです。
読者さんの生の声を聞けるって本当に良き。
素晴らしい世の中になったものですな(*´v`*)
というわけで今後ともよろしくっですのっ!