黒の、わりと破廉恥めなおパンティ……ッ!?
やがて、寝泊まり用のテントを設営し終えて、ふっと休憩がてらにスピカさんのご様子を見に行こうとした――次の瞬間でしたのッ!
「……ッ!?」
ただならぬ気配を感じて、ついつい振り返ってしまったのでございますッ!
しかし、そこにはどなたの影もありませんでした。
けれどもこの肌には今もなお、ビリビリと痺れるほどの悪寒が走り続けているのです……!
あの、いったい何なんですのコレは……!?
私の中の乙女センサーが絶えず警笛を鳴らし続けておりますの。
しかも黄色信号レベルじゃないのです。
ガチガチの真っ赤っかの危険アラートです。
コレは只事ではありませんでしょう!?
おそらく……いえ、十中八九、何者かに明確な敵意を向けられてしまっているはずなのです。
少なくともここにいる女子のモノとは明確に異なる――いわゆる第四者の意識をビビビッと感知してしまったに違いありませんのッ!
「……リリアちゃん。今の、感じた?」
焚き火用のかまどを組んでいる真っ最中だったのか、拳大の石を握りしめたまま、スピカさんが駆け寄ってきてくださいました。
彼女も何かをお察しなさったのでしょう。
その表情は不安と警戒がちょうど半分ずつといった深刻なものに変わっていらっしゃいます。
取り急ぎ、こくりと大きな頷きを返してさしあげましたの。
私もまた真面目な声色でお答えさせていただきます。
「もちろんですの。ただでさえ人の顔色を気にしてしまう私ですもの。あんな明確な敵意、スルーできるはずもありません。でも、いったいどちらから……?」
何よりこの乙女の勘こそが頼みの綱なのです。
大抵のことには動じないつもりですが、性格の図太さと勘の鋭さは全く別物だとも思っておりますの。
危機を危機としてキチンと正しく感知できなければ、咄嗟に治癒魔法で守ってさしあげることもできませんし。
日々アンテナは張り続けているつもりです。
「一応ながら、超絶繊細なところが私の一番の売りポイントですの。こう見えましてもっ。あまり気付かれていないかもしれませんけれども」
「ううん。そんなことないよ。結構頼りにしてるよ、リリアちゃんの勘ってヤツ」
「驚くほどの棒読みで返さないでくださいまし」
気を取り直して辺りを観察してみますの。
静かな湖畔風景という点は何一つ変わっておりませんが、どうしてか先ほどよりも辺りの空気が重苦しいように感じてしまいました。
まさか幻覚……?
いや、そこまでのモノではございませんでしょうけれども。
けれども決して気のせいではありません。
妙な違和感があるのは事実なのでございます。
ふぅむ? あと、そういえば。
「ミントさんのお姿が見当たりませんわね。ついさっきまでこちらにいらっしゃいましたのに」
「そういえば、確かに」
私たちの二人とも手作業に集中していたとはいえ、彼女がどこかに向かわれたのであれば一度は目で追っていたはずです。
音もなく行動に移る必要だって、一つもないはずですのに。
……ふぅむ。やはり嫌な予感がいたしますの。
とりあえずいつ何者かに襲われてもいいように、スピカさんと背中合わせになって辺りを警戒しておきます。
後ろのほうは任せましてよ。
私は表立って戦うことはできませんが、貴女の目の代わりとなって、敵を察知することくらいならできますの。
取り急ぎ湖に注目しておきます。
……岸辺もその周囲の砂浜にも、人が隠れられそうな場所などはありません。
もちろん草木の茂みもいくつかはございますが、背丈的にかなり厳しいはずですし。
それこそ私たちの視界に映らない場所など、水の中か、もしくは地面の中か、あるいは完全なる頭上か――
「――はーぁっ。あのさぁ、そんなズボラな索敵でこの先やっていけると思ってんの?」
「むむッ!?」
突如としてお声が聞こえてきましたのッ!
今日一日で聞き慣れたミントさんのお声です。
今思考の隅に捉えたばかりの上方向からですのッ!
むしろ、ほぼほぼ完全なる真上からでして!?
え、いや何故に!?
ハッとして顔を上げてしまいました。
すると……なんと、その、あの。
「黒の、わりと破廉恥めなおパンティ……ッ!?」
大変申し上げにくいのですが、短めのスカートの中身がモロに丸見えになっちゃっておりましたのよね。
お子さまのような見た目のわりに結構過激なモノをお履きなさっていらっしゃいます。
スケスケのレース生地とも細々とした紐ともまた異なる、黒を基調とした独特な大人のデザインなおパン――
って今はそんなことどーでもよろしいのですッ!!
「ミントさん!? アナタ何故そんなところに!?」
どうして宙に浮いていらっしゃいますの!?
まさかアナタも魔法を扱えたんでして!?
気付くのが完全に遅れてしまいましたの。
……ふぅむ。
というよりアナタ、本当に魔法で浮いていらっしゃるんですの……?
確かに私の魔力感知能力につきましては本当に人並みですゆえに、魔法を発動されてからでないと知覚はできませんけれども。
今はどうしてか、彼女のお身体からは少しも魔法のチカラを感じられないのです。
水の音に混じって、耳をすませば微かなパタパタという不可解な音だけが聞こえてきているだけですの……!
彼女からは、魔法特有の、あの空気の揺らぎみたいなモノを少しも感じないのです……!
なんだか分からなすぎて腹が立ってきましたの。
「あのちょっとー!? 降りてきなさいましー! 私、人から見下ろされるのが好きじゃないんですのー! もしもしー!? 聞こえておりましてー!?」
「うっさい。知らないわよそんなの。つーかアンタらさすがに気付くの遅いんじゃなぁい? そんなんで魔王城に辿り着けるわけぇ? 途中で野垂れ死んじゃうのがオチでしょ」
「んっなぁッ!?」
空中でくるりと縦に一回転して、こちらにあっかんべーを向けてきましたの。
んまっ。何とも更に腹立たしいっ。
何度も申し上げさせていただきますけれども。
いきなりアナタに罵られる筋合いはないつもりでしてよ。
どんなピンチが待っているのであれ、とっさの機転で困難を乗り越えていくのが私たちなのでございますっ。
い、今はちょっとだけ面を食らってしまっただけでっ。
ポッと出のアナタなんかに言われなくても、そんなタイミングが来たら何とか退けてさしあげましてよっ!
「ま、いいわ。降りてあげる。……はぁ。まさかアンタが〝反・魔王派〟のことを知ってるとは思わなかったけどね。逆にちょうどよかったのかしら」
様々な悪態をつきながらも、ふわわぁーんというゆっくりな動作で、湖を背にするようにして降りてきましたの。
そうして音もなく着地なさいます。
ふぅむ。何と言い表せばよろしいのでしょうか。
彼女からは、このキャンプ地に向けて歩みを進めていたときには感じえなかった――ある種の敵対心のようなモノを具に感じ取れてしまったのでございます。
しかもそれだけでは終わりませんの。
少なくとも今の彼女は、この旅の最中に退けてきたどの魔物さんよりもお強いオーラを放っていらっしゃるのです。
否応無しに身体が強張ってしまいましたの……ッ!
灰色のフードを被ったまま、ミントさんが、ゆっくりと口をお開きなさいましたの。
「とりあえずコレだけは先に言っとくんだけど。アタシはこんな辺鄙な場所なんかに来たくなかったわよ。アンタらと同じく、別のヤツらに頼まれて来ただーけ」
「頼まれた?」
「そう。アンタらをココに連れてくるようにね」
どうしてまたそんな面倒な手を。
つまりは依頼の依頼ってことですの!?
勇者と聖女である私たちをこの地に誘き寄せようとしていた誰かがいるってことに他なりませんわよね!?
もしかして、まとまったお金を餌に、まんまと罠か何かにハメられてしまったってことなんですの!?
それなら報奨金のお支払いはどうなりまして!?
ギルドの受付様に泣きついたら、契約違反の罰金は払っていただけますわよねっ!?
動揺する私を他所に、ミントさんがケラケラとお続けなさいましたの。
簡単には動揺しないと言っていたわりに、お金のことで簡単にソワソワし始めるリリアちゃんチョロ可愛い。




