そうして、ようやくぅ……ッ!!?
とっくの昔に……とはいっても、少し前に日が真上に昇って、今はちょいと傾き始めた頃合いになっただけですけれども。
あれから歩いて、歩いて、一瞬休んではまた歩いて、それから歩いて、更に歩いてをもう幾度となく繰り返しておりまして。
何となく辺りの空気が湿り気を帯び始めたような気もいたしますが、まだまだ湖のカケラも形も見えてはきませんの。
向かう先が海であれば波の音も聞こえてくるのでしょうが、おあいにくながら静かな湖畔ではそれもありえませんでしょうし。
元より街の喧騒から遠く離れた自然豊かな土地なのです。簡単に辿り着けてしまってはリゾートの名が廃ってしまいましょう。
うっへぇ……さすがはキャンプコースですのぉぅ……。
散々鍛えたはずの私の膝がこうも容易く笑ってしまうとは。
正直甘く見ておりましたの。
だってほら、見てくださいまし。
適度にハリがあって艶もあるはずの乙女の柔足が文字通りに棒のようになっちゃってますわよね?
あ、なんだかこんな話、前にもいたしましたの。
たしかゴブリンさん探しのときだったでしょうか。
この疲労感の原因はきっとアレですの。
疲労回復のチカラが落ちてしまっているせいですの。
イコールお腹が空いているからにちがいありませんのっ!
「ぅぅー……正直シンとかハンとかよりもごハンやパンが食べたいですのー……真面目にガチめにお腹がペコ助ですのー……このままではペコ・魔王派を名乗っちゃえる勢いですのー……」
「はいはい。あと少しで着くはずだから我慢してね。買ってきたのは紐飴だけじゃないからさ。たまにはお外でお料理も楽しいよねって」
「いやっふぅーッ! お久しぶりの生キャンプ飯でしてぇッ!? お肉は、お肉はあるんでしてぇッ!?」
おっほう。俄然やる気が湧いてきましたの。
是非とも直火なグリルをキメ込みましょう。
もうすぐ着くんですのよね!?
それならまだまだ全然我慢できましてよっ。
ふっふんっふんっ。
私は美味しいご飯と素敵な殿方のためならココ一番のド根性を発揮させられますけれども。
私の前を歩く、出発直後からブーブー文句を言ってばかりの小生意気さんはいかがでしょうかね。
スタタと駆け寄って、チラリと顔色を窺ってさしあげましたの。
ふふふ。にぃんまり。
コレはさすがに私の勝ちですわよね。
「あーあっ。足疲れたぁ。ね〜え〜アンタ聖女サマでしょー? 治癒魔法かけてよ、治〜癒〜魔〜法〜」
見たところ私よりもよっぽど大きなダメージをお食らいなさってるみたいですの。
肩をしょげるように、とぼとぼと力なく歩いていらっしゃいます。
日頃の運動不足が透けて見えてきますわね。
もっとお身体をお鍛えなさいまし。
自分のことは棚に上げておきますけれども。
ミントさんのお身体は、私はもちろん、下手したらスピカさんよりも小柄で細身なのでございます。
いわゆる完全なお子ちゃま体型さんですの。
そんなスレンダーなお身体なのでしたらきっと走っても肩が凝らないでしょうし、もっと運動なさったほうがよろしいのでは?
「つぅーかぁーれぇーたぁー。足いーたーいぃー……こんな歩いたことないぃぃ……つーかぁれぇたぁーっ。魔法まだぁー?」
「ああもううっさいですわねぇ……湖に行きたいと仰ったのはアナタのほうでしょう!? 疲れたのは私だって同じでしてよぉ……」
私はアナタよりも何倍もボリューミーなモノを持っているんですもの。
私のほうが足腰にきておりましてよ。
それともう一言だけ言わせてくださいまし。
「あと、いくらアナタがご依頼主さんだとはいえ、聖女のありがたーいお祈りをそんな雑なコトに使わせないでくださいまし。女神様が困惑しちゃいますの」
「あ、ふぅ〜ん。アンタそういうこと言っちゃうんだぁ? へぇ〜? 大事なクライアント様が力尽きて街に戻れなくなっちゃって、お金がもらえなくなっちゃってもいいんだぁ?」
「ぐっぬぬぬぬぅ……ッ」
人が下手に出て――いるわけでもございませんが、お金という絶対的な弱みを握られてしまっている以上、実力行使に出られないのが実に歯痒いですの。
グッと拳を握りしめては、ふっと息を吐いてまた解くというのを幾度か繰り返してしまうほどなのです。
今もなおワーワーと餌待ちの雛のように騒ぎ喚き散らしていらっしゃいますし、お腹が減って更にイライラしてきちゃいますし。
でも、あと少しだけの辛抱でしてよリリアーナ。
こんな貧弱そうで頼りなさそうなお子ちゃまさんでしたが、出発の直前に、キチンと前金を手渡してくださいましたの。
そしてまた、最終的な報酬金につきましてもちゃんと実物を見せていただきましたの。
いやはや銀貨8枚は圧巻モノでしたわね。
アレを見てしまったらもう何も文句は言えません。
数多の口撃的な屈辱を受けたとしても、あとほんの数日耐えるだけで中々の額のお金が手に入るのでございます……ッ!
下手に彼女の機嫌を損ね続けて空気が悪くなるくらいなら、適当でも治癒魔法を施してさしあげたほうが吉ですわよね……?
それに軽い治癒魔法の一つや二つ、使ったところで何の負荷にもなりえませんし。
たった数回使っただけで知恵熱を出してブッ倒れてしまうくらいの魔力量では聖女なんてとでもではありませんが名乗れませんの。
しゃーなしですの。
今回だけの出血大サービスでしてよ。
最低品質な詠唱を特別にお見せしてさしあげますの。
「……こっほん。あー、あー、どうか女神様ー。私の声が届いているならお応えくださいましぃー。貴女の僕、リリアーナ・プラチナブロンドが乞い願いますのぉー。この方にぃー〝癒しの恵み〟をハイどうかぁー」
「ねぇ、そんな適当でいいわけ?」
「別に構いやしませんのー。正直に申し上げますとコレ、内容なんかに意味はなくて、いわゆるただのカッコ付けなんですも――のぁふぅんっ♡!?」
「うわ、いきなり何よ、きもっ」
言い終わるか否かという絶妙なタイミングで、ピリリとイタ気持ちいい刺激が私の股間の辺りを駆け巡ってしまいましたの。
ふぅむ。どうやら女神様から裁きの雷のミニミニ版を落とされてしまったらしいですわね。
この程度の適当さくらいならギリギリ許容していただけるかと思ったんですけれども。
やっぱりちゃんとやらなきゃダメなんですのー?
女神様ったら本当に頭のお固い方ですこと。
ったくしゃーないですわね。
キチンと真面目に詠唱を唱えてさしあげま――
「あ、ほらほらリリアちゃんミントちゃん。湖、見えてきたよー!」
――唱えてさしあげましょうかと思いましたけれども。
前方にいらっしゃるスピカさんが嬉しそうに私たちのことをお呼びくださいましたし、どうやら目的地にも無事に到着できたようですし。
「というわけですので、治癒魔法のお披露目は一旦お預けにさせていただきますわね。さぁ、まいりますわよ。さっさとラストスパートかけてくださいまし」
「ちぇーっ。ケチ聖女ーっ」
うっさいですの。何とでも仰いなさいまし。
お金に執着しているのは本当のことなんですもの。
重い足をなんとか前に進ませて、私もまたスピカさんの背中を必死に追わせていただきました。
そうして、ようやくぅ……ッ!!?