なぁんだかナヨっちくてザコそう。ホントに大丈夫そ?
受付様がカウンターの内側からフロア側へと出てきてくださいました。
全身を目に映してみて、初めて分かりましたの。
彼女はトンデモなくスラリとしたご体型で、まさに仕事のデキるキャリアウーマンそのものなオーラを身にまとっておいでだったのでございます……!
それこそちょっとでも気を抜いていたら、女の私でもつい見惚れてしまいそうなくらいには、ですの。
魅力溢れる佇まいが羨ましくて仕方ありません。
彼女は間違いなく本物のモテ女さんなのでしょうね。
チンピラさん方に堂々と接されていた理由も今なら分かる気がいたしますの。
いついかなるときも表情ひとつ変えることのない気品高さが、彼女の一挙手一投足からヒシヒシと感じられまして……!
私も、この人を見習って淑女さを磨きませんとね。
これからもビシビシ精進させていただきますの。
受付様は私たちのすぐ目の前で立ち止まりなさって、実に綺麗な角度のお辞儀を見せてくださいました。
「ちょうどご依頼人の方がいらしております。よろしければ奥のスペースへとご案内させていただきますがいかがでしょうか。内容につきましてはご本人様から直接お聞きいただければ、と」
「ご丁寧にどうもですの。お願いいたしますの」
こちらも再度ぺこりと深めの会釈を返したのち、前を歩く彼女の後に続かせていただきます。
冒険者ギルドの奥側って、そういえば足を踏み入れるのは初めてでしたわね。
毎日のように眺めている掲示板の更に向こう側、いわゆる利用者のレストスペースへと連れられましたの。
観葉植物やらソファやらが用意されておりまして、ちょっとした待合室や休憩室のようになっております。
ただ今は朝のそれなりに早いお時間ですので他の冒険者のお姿は見えませんでしたけれども。
お一人だけ、向かい合うように対に設置された革製ソファにちょこんと腰を下ろしていらっしゃる方がおりましたの。
それこそスピカさんと同じくらいか、もう少し背丈の小さい……お子さま? でしょうか。
ご体型から察するに女性かと思われます。
残念ながら灰色のフードを頭からすっぽりと被っていらっしゃるせいか、私の角度からはそのお顔をしっかりと拝見することはできません。
ふぅむ。それでも女性とのことであれば、私たち宛てに護衛依頼を出したってのも分からないでもないですわね。
どこの馬の骨かも分からない方々に護衛されるくらいなら、公的な肩書きを持つ私たちに守られたほうが安心できますもの。
ほら、屈強な男性さん方って、パッと見では怖そうな印象がございますでしょう?
体格差があるなら尚のことだと思いますの。
ここはお一つ、オトナのお姉さんとして、一歩後ろから保護者的な立ち位置で見守ってさしあげましょうか。
大船に乗ったつもりでドンと来なさいまし。
完全完璧に護衛してさしあげますゆえに。
困ったときは治癒魔法で順次解決っ。
安心安全な聖女の衛急便を開業させていただきますのっ。
「お待たせいたしました、ミント様。勇者様と聖女様がお見えになりました」
「ふぅーん、なかなか早かったじゃない。……へぇ〜、コイツらが今代の勇者パーティかぁ。なぁんだかナヨっちくてザコそう。ホントに大丈夫そ?」
え、あ、ふぅむ?
ちょ、ちょっと待ってくださいまし。
私たちが到着するや否や、スンと足を組んで、高圧的な態度と言動を始めるとは……!?
たった今、己の第六感が告げてきましたの。
私、この人とあまり相性がよろしくない気がいたします。
脳内会議の前言撤回をさせていただきますの。
「ま、まーったく何なんですのこの失礼なガキンチョは。イの一番に喧嘩腰だなんて、品性のヒの字も感じられませんでしてよ!?」
「まぁまぁリリアちゃん落ち着いて」
「教育目的のおゲンコツ、この街の条例的にはギリセーフでしたわよね? 口で分からせるよりも手っ取り早そうですし、ここは景気付けに一発」
「そ、それは後でもできるからさ! 先にお話を聞いてあげよう? ね? ね?」
……んむぅ。分かりましたわよ。
とりあえず握り固めた拳を解いてさしあげます。
私としたことが事を急いてしまいましたわね。
たしかに実力行使に移るにはまだ早そうですの。
こほんと空咳を一つ交えつつ、気を取り直して聖母の微笑みに戻ってさしあげます。
受付様から対面のソファに腰掛けるように促されましたの。
同意の頷きを返して素直に着席いたします。
「あ、そうだ。後はこっちで話しとくからアンタは仕事に戻っていいよ。はい受付ちゃんおつかれチャン」
「……かしこまりました。それでは」
灰色フードさんのお言葉に、受付様が小さく一礼を返したのち、背中を向けて元のカウンターの位置へとお戻りになられました。
よくもまぁ最後まで表情一つ変えずにいられましたこと。
私なら絶対に顔に出してしまいますの。
といいますかさっき実際に出しちゃってましたの。
まさか受付様、この子に弱みでも握られていらっしゃいまして?
そうでなければお金の問題でしょうか。
受注人指定の特別な依頼を許されたということは、裏でかなりの額の依頼金が支払われていた、とか?
お上からノータッチの指示が出ているのかもしれませんわね。心中お察しいたしますの。
ともなりますと、この子はどこかのお国の世間知らずのお嬢さんなんですの?
言動といい態度といい、幼少の頃から甘やかされて育ってきたに違いありませんわね。プンプンですの。
とにもかくにも、早速ながらフード姿の女の子と相対する形となってしまったのでございます。
小言の一つくらいは許してくださいまし。
「……ホント、さっきから言い方キッツいことこの上ないですの。誰もが羨む淑女オブ淑女な私を見習ってほしいくらいでしてよ」
「似非で塗り固めた話し方よりはよっぽどまっすぐだと思うけど? そんな胡散くさぁいだけのお嬢様口調なんかより、ずっとさぁ」
「むっかーっ。私は好きで使ってるだけですのー! どこの誰とも知らないアナタに言われる筋合いはありませんのーッ!」
フードの隙間から実に嫌味ったらしいニヤリ顔が見えてしまいました。
八重歯が特徴的なガキンチョさんでしたの。
やっぱり私、この人とは相性がよろしくない気がいたしますぅ!
言い得て妙な言葉は知りませんがある種の同族嫌悪的な?
そんなふわっとした忌避感でしかありませんけれども。
……おっけですの。
そっちがそう来るなら私にだって考えがありましてよ。
けれども私は自覚ある正真正銘の淑女ですゆえに。
さっきのおゲンコツは挨拶の代わりみたいなモノですの。
暴力だなんて、そんなそんな、うふふふふふ。
私は争いごとを好むような野蛮な女ではないのです。
会話の主導権はスピカさんに譲ってさしあげますわね。
聖女だから成せる心の余裕というモノでしてよ。
決して勝負の舞台から降りたわけではないのでございます。




