トレディアの街
私の誤魔化しと引き延ばしの日から数えて、おおよそ三日後。
ほんの少しだけ気まずさを残しながらも、その辺は私もスピカさんもオトナの端くれですゆえ、上手い具合に雑談と冗談とで滞りつつあった空気を無事に乗り越えましたの。
いずれ私の口からキチンと打ち明けるのです。
いつまでも引きずっていては楽しい旅が台無しですわよね。
そしてまた道草を食べている暇もございませんの。
先日討伐したヒュージプラントを解体して手に入れた素材やら保存食やらを抱えつつ食べつつ、足りなくなったらまた食用草をせっさと集めつつ。
ひたすらにまっすぐ続いていた街道を歩いて歩いて、そうしてようやくのこと!
ついに街道の終点に到達できましたの。
次なる目的地である〝トレディアの街〟の門をくぐることが叶ったのでございますっ!
「はっぇーっ! ここがトレディアの街ぃ!」
街の中を歩いてみて始めに驚いたものといえば、どの方角を向いてみても視界に人の姿が入り込んでくることでございましょうか!
この人の多さたるや、ホントにもうっ!
「いやはやどこもかしこも賑わっておりますわねぇ。アルバンヌの村が軽く霞んでしまうほどですの! もしかしたら王都よりもワイワイガヤガヤしてるかもしれませんの!」
「あっはは。それはさすがに言い過ぎかもだけど、たしかに多いねぇ。注意してないとすぐに迷子になっちゃいそうかも」
北に南に西に東に、どこを向いても人、人、人なのです。
頭に大きなカゴを乗せて歩く日用品売りのお婆様やら、私の胴くらいある太い丸太を軽く肩に担いで歩く屈強な大工さんやらっ。
はたまたよく分からない古ぼけた分厚い本を大事そうに胸に抱えたローブ姿の魔法使いさんなどなどっ。
ありとあらゆるご職業の方が闊歩なさっているようにお見受けいたします。
しかもそれだけではありませんのっ。
単に道端でモノ売りに勤しむ方々だけでなく、この道を取り囲むように数多の商店が建てられているのです。
おまけに脇に伸びる小道にも、ズラリと即席の売店テントが張られているんですものっ!
この街の端から端まで歩けば、手に入らないモノなどないのではございませんでしょうか!
そんなふうに錯覚してしまうほど、たくさんの人とモノで溢れかえっている印象なのでございます。
つい先日までド田舎もしくは自然豊かな環境で寝泊まりしておりましたゆえ、私、文明の色に興奮と動揺とを隠しきれませんの……っ!
王都で暮らしていた修道女ゆえの、この長らく忘れかけていたこのシティガールみ……っ!
ついつい目が泳いでしまう私をどなたが責められましょうか。
「ほらほらスピカさん見てくださいましっ。あちらの広場、もしかして市場になっておりませんでして!? 新鮮なお肉やお魚がたっくさん売られているのではありませんでして!?
心なしかイイ匂いがここまで漂ってきている気がいたしますのッ!」
「そりゃあなんたってココは交易の街だからさ。あ、でも。観光して回るのもいいけど、夜になる前に滞在先のお宿を探しておこうよ。
あー、とは言っても私たちはほぼ無一文も同然なわけだし……まずは換金のほうが最優先かな?」
「ふぅむ、なるほどたしかに。今や私たちの荷物はヒュージプラントやら食草やら薬草やら、大半が草でいっぱいになっておりますものね」
ほんのり身体から青臭さが漂っている気がするのは、文字通り気のせいであってほしいくらいなのでございます。
この頃無事にモノを換金することができて、そこそこ綺麗なお宿に泊まれたあかつきには、せめて桶湯と清潔なタオルで身体を拭わせていただきたいものですわね。
汗と土埃にまみれ続けてしまっては、絶世の美少女もその辺のイチ美少女レベルにまで落ちてしまいましょう。
さすがに身清め魔法だけでは心のリフレッシュまではしきれませんし。
これは相当に由々しき事態なんですの。
お金があればある程度は解決できましょう!
寒々しいお財布は寒々しい心を作り出してしまいます。
王都で授かった皮袋もただ今は銅貨が数枚入っているのみとなっておりますゆえ、このままでは喉が渇いても冷たいジュースの一本も買えやいたしません。
道中で狩った魔物の素材をどれほどの価値で買い取っていただけるのかは定かではありませんが、とりあえず今晩のお宿代くらいにはなってほしいですわね。
ええ、切に願わせていただきますの。
なんなら今のうちから女神様にお祈りを飛ばしておきましょうか。
たまには私たちにも微笑んでくださいまし。
こんなにも世間の平和のために毎日身を粉にして働いてるんですからっ。
「それで、件の換金所とやらはいずこに?」
「これだけ沢山のお店が揃ってるなら、直接良さげな専門店を探して交渉してみてもいいんだけど……まぁイッチバン手っ取り早いのは冒険者ギルドの受付かな。あんまり相場に左右されないし。
大体は冒険者エリアに建物があるはずだから、そこまでは別に迷わずに行けると思うよ」
「おっけですの。ならば尚更に善は急げですわね」
さっさとお手元の植物素材をお金に変えて、当面のお宿代とお食事代をゲットいたしましょう!
それでもって今夜は到着祝いに豪勢にいきましょうよっ。ここは久しぶりにジューシーなお肉料理を食べられる環境なのですからっ。
想像しただけでお腹が鳴っちゃいますのっ。
といいますか、スピカさんったら随分と小慣れていらっしゃるんですのね。
私だけ浮かれているようでちょっぴり恥ずかしいではございませんか。
ふふっと微笑みをこぼしつつ。
そしてすぐに顔と心を引き締め直しつつ。
人混みの間を難なくスルスルと進むスピカさんのお背中を、私はやや小走り気味のルンルンステップで追いかけさせていただきますのっ。




