なんだ。何がおかしい?
あえて彼の目の前でしゃがみ込んで、むふふとほくそ笑んでさしあげます。
「ごきげんようシロンさん。そのご様子ですと、自らの身に何が起きたのか、そして現在の状況はどうなっているのか。分かっていらっしゃらないようですわね」
今代の聖女は慈悲深いですゆえに、お手をとって立ち上がらせてさしあげましたの。
くすくすと不敵に微笑みながら、続きをお伝えいたします。
「アナタ、つい先ほどまでスピカさんにキツゥい一撃をもらってノックダウンしておりましてよ?
しばらく死と生の狭間を彷徨っていらしたようですけれども、ご気分のほどはいかがでして?」
「ッ!?」
あら、乙女の手を振り払うだなんてマナーがなっておりませんわねぇ。
イケメンさんが台無しですの。
とはいえ私もただの面食いではないつもりですし、お相手の性格面の素敵さも大いに考慮しておりますゆえ、もう簡単にはアナタには靡かれないのでございます。
ええ。少なくとも私には。
シロンさんよりもスピカさんのほうが大切ですもの。
それも比べるまでもないほどに、ですわね。
バックステップで私たちから距離をとられたシロンさんでしたが、若干引き攣ったお顔ながらも、周囲の観客の目を気にしてか、あくまで余裕のありそうなご態度を装うことにしたみたいですの。
私も解かれた手をパッパと払って、スンとクールに応対してさしあげます。
「フン……どうやら不意を突かれてしまったようだが、二度目はないからね」
前髪をサラッと払って、もう何も気にしていないようなご様子です。
私が洗浄魔法をかけてさしあげねば、今頃はまだ真っ赤に染まったままなんですのに。
もはや滑稽さまで感じられてしまいます。
「ふぅむ。何事もなく二度目を迎えられる現実に、手放しに喜んでいただきたいものですけれども……」
さすがの私も生死の境をお散歩したことがありませんゆえ、それがどれほど貴重で現実離れした体験なのかをパッと想像することはできませんの。
それでも、はぇー、生きててよかったぁーとホッとすることくらいできると思うのです。
何事にも感謝は必要だと思いましてよ。
「……気を失う直前の記憶がないのは癪だが、どんなに勇者らしくない姑息な手を使われようとも、こうしてイザベラが完全完璧に治してくれるからね。僕らは不屈で無敵だ」
「ふぅむ? ふぅむむむぅ?」
何やら素っ頓狂でトンチンカンなことを宣い始めましたの、この人ったら。
どうやら盛大な勘違いをなさっていらっしゃるようで。
まぁ無理もありませんか。
喉奥を突き刺されて早々に気を失われて、お次に目を覚ましたときは既に完治しているんですものね。
普通に考えれば、何事かが起こったとしても、パートナーであるイザベラさんが治癒してくださったと判断してしまうと思いますの。
むっふっふっ。ぷっくっくっ。
しかしながら、残念ながら、ですの。
「うふふふ。無知とは恐ろしいモノですわね」
込み上げてくる薄ら笑みを抑え込みつつ。
「なんだ。何がおかしい?」
「アナタを治療してさしあげたのは、イザベラさんではなくこの私でしてよ?」
「ンなッ!?」
ドヤどやぁんと決めポーズを見せつけてさしあげましたの。
見たことのないお顔になってますこと。
その身に満ちる自信の全てがすっぱりと消え失せて、一瞬で驚愕一色に染まってしまったような、そんな面白いお顔になっておりますの。
コイツの話は本当かッ!? と言わんばかりにイザベラさんのほうに首を向けていらっしゃいますが、対するイザベラさんは涙目になったまま動きませんし……。
ある意味では肯定しているコトと同義なご態度だとも言えるのですけれども。
「治癒の能力もさることながら、咄嗟の判断や直感で行動に移れるセンスこそ、聖女にとって最も必須なスキルだと私は思っております。肝心なときに動けずに、いったいどなたの命を守れるとおっしゃるんでして!?」
今が畳みかける絶好のタイミングと言えましょう。
お二人に向けてビシィッと指を差して、声高らかに言い放ってさしあげますッ!
「ズバリ申し上げましょうッ! お二人に足りないのは覚悟と経験の両方だと思いますのッ! そしてまた実践経験の乏しい方々に負けてさしあげるほど、私たちは甘ちゃんコンビではありませんゆえにッ!」
確かにイザベラさんはとても優れた聖職者であり、そして秀でた治癒術師だとは思いますの。
けれどもソレはあくまで余裕のあるときだけの、この平和な神聖都市というぬるま湯に浸かっているから発揮できているモノだと思うのです。
本物の戦場はもっとずっとスピーディで危険な場所なんですの。ご存知ありませんでしょう?
パートナーのピンチのときに真っ先に動けないようでは、お互いに安心して背中を預けられません。
それでは足を引っ張ってしまいます。
……自分一人だけでは、ダメなのですッ!
「こっほん。イザベラさん。今ならまだ間に合いますの。どうか自分のすべきコトを見失わないでくださいまし」
「…………?」
シロンさんのように、己のチカラを過信するあまりに状況判断を誤ってしまうようでは、命がいくつあっても足りません。
そんな状況では治せるモノも治せませんし。
対する私たちは何度も二人で死地を乗り越えてきているのです。
それこそ〝反・魔王派〟の刺客さんに狙われたコトだって一度や二度のお話ではございません。
すべて無事に己の知恵と勇気と実力をもって退けてきた実績と経験と相互理解が、今こうして血肉となって根付いているから勝てるのでございますッ!!!
「私はアナタよりも治癒術師としては劣っているかもしれませんけれども。治癒魔法というのは使うべきときに正しく使えてこそ、初めて意味を成すモノだと思いますの。
私はこのチカラを世界の平和のために使います。アナタには、その覚悟が本当にお有りでして?」
「………………わた、しは…………」
「グッ! イザベラッ! 耳を貸すなッ!」
んもう。いいところですのに。
せっかく説得できそうなんですのにぃ。
シロンさんの怒声が割り込んできましたの。
余裕のなさが態度に現れておりますわね。




