言っときますけどゴメンのセリフは無しでしてよッ!
自然と額に汗が滲んで、雫となって頬から顎を伝って、やがては地面へと垂れ落ちましたの。
無論、拭う余裕などはありません。
魔力タンクと揶揄される私にとって、高出力が必要な治癒魔法自体は別に何でもないのですが、そこに更に精度まで要求されてしまうと、途端に負荷が跳ね上がってしまうのでございます。
とにかく今は一刻も早く傷口を塞ぎ、流れ出ようとする血をせき止め、なおかつ急激に弱りつつある生命力を回復させねばなりません。
スピカさんも私を信じてここまで深刻な状況にまで発展させたのでしょうから、私がしくじるわけにはいきませんの。
「ふぅ……むぅぅッ……!」
未だかつてないほどのプレッシャーがこの肩にのしかかっている気がいたします。
しかしながら、この身を蝕む焦りや緊張なども進んで自ら飲み込んで、それでもってキチンと消化して再構築して。
私の手から溢れ出す治癒の光へと変えてさしあげるのが、聖女としての務めだとも思っておりますの。
「……リリアちゃん。大変だと思うけど――」
いつのまにか私のすぐ後ろにまでスピカさんが移動なさっていたようです。
今にも消え入りそうなお声で私の名前を呼んでいらっしゃいます。
大変だと思うけど、なんですのっ?
「ふっふんっ。言っときますけどゴメンのセリフは無しでしてよッ! ドーンと構えておいてくださいましッ! 私を誰だとお思いでしてッ!?」
もちろん今の私には振り返る暇などはございませんゆえ、彼女のご尊顔を拝むことはできません。
……だからあくまでコレは、ただの想像でしかないのですけれども。
「まーったくもう! そんな悲しそうなお顔にならないでくださいなッ! まっさかこの私に治せないモノがあるとおっしゃるんですのッ!?」
「ううん。リリアちゃんの治癒魔法は世界一だって、私が一番にそう思ってるもん」
「でしたらどうぞ今は存分に勝ち誇ったお顔をしてくださいましっ! そちらのほうがずっと観衆方へのアピールになるのでございますっ!」
やり方は結構えげつない一撃でしたけれども、見事体格差やら武器差やらの劣勢を覆して、相手を床に這いつくばらせたのは間違いないのです。
決闘の勝者として、さっさと己の相棒を天に掲げておいてくださいまし。
あとは観客の皆様方にもそれを理解していただくだけなんですもの。
残念ながら赤一色な現場のほうは人様には見せられませんゆえ、こうして光による目隠しをしておりますけれども……。
見えなきゃ分からないかもしれませんわね。
とはいえ、そんな心配をせずとも既にイザベラさんは放心して膝から崩れ落ちてしまっておりますし、当事者のシロンさんは敵方であるはずの私から治癒の施しを受けてしまっておりますし。
こんな状況、誰がどう見たってスピカさんの圧勝でしょうよ。
「ふぅむ。そうこう言っている間に、おそらく峠は越せたはずですの。少なくとも命に別状はないと思いましてよ」
「……うん。ホントにありがとね。リリアちゃん」
まだ治癒の光を停止させられるまでには至っておりませんけれども。
あくまで今は高速で傷口を塞いだだけですゆえ、このままでは痛々しい傷跡が残ってしまいますし、後遺症の有無も判断ができませんし。
話を続けながらも光は照射しておきます。
「いやはやしっかしながら、こっ酷く深くまでブッ刺しなさいましたこと。スピカさんにしては珍しく切り口が乱雑極まりないですの」
「それくらいに今回は余裕がなかったってことだよ。とてもじゃないけどシロンくんは手加減なんてできる相手じゃないし。それに……」
「それに? 何ですの?」
「……ううん。これは終わってから話すよ」
ふぅむ。何でしょう?
今日一番に悲しそうなお声でしたけれども。
これ以降はスピカさんはお口を開かず、私の治癒をじっと黙って見守ることにしたようですの。
私のその空気をお察しいたしましたゆえ、とにかく集中して光を当て続けて、そして――何とか、傷口を完治させるに至ったのでございます。
疲労感がドッと押し寄せてまいりましたが、光のベールを取り払う直前にスパパッと無詠唱で浄化魔法を発動して、地面や修道服に染み付いた血をさっぱり洗浄させていただきましたの。
おろし立てのお召し物よりも綺麗な状態で、立ち上がりざまにくるんと一回りしてお辞儀もして、あくまで華麗に優雅にお淑やかに、聖女としてのスキルを誇示してさしあげたのでございますっ。
……ふぅむ。
大衆からの歓声が上がらないのは残念でしたわね。
きっとまだ状況を飲み込めていない方も多いのでございましょう。
それは壮絶な一撃を受けたシロンさんご本人も同じなのかもしれません。
「…………ぐっ……何、が……ッ!?」
どうやら無事に目を覚まされたようですの。
パチクリと困惑した目で周囲を窺っております。




