何だか今、私の胸元に違和感が?
き、きっとお花摘みか何かですわよね。
動揺をお隠しなさいまし、リリアーナ。
今ここでキョロキョロと忙しなく辺りを見回して、またイザベラさんに訝しまれたらどうするんですの。
こういう時こそ平常心を保つのです。
そもそも私ったら、ミントさんが見当たらないから何だというのでしょうか。
今回の二番勝負はあくまでスピカさんと私が表舞台に立っておりますゆえ、一部始終を見守っていただかなくても、終わったら笑顔で報告をしてさしあげたらよろしいのです。
二、三度、大きく深呼吸をいたします。
身を屈めながら息を吐いて……。
背中を反らして胸を張って、ゆっくりと息を吸い込みま――ふぅむ?
何だか今、私の胸元に違和感が?
カサカサッという紙の擦れるような感覚がありましたの。
チラリと下を向いてみましたところ。
あらまぁ。
いつのまにやら何かが挟まっていたようで。
もちろんのこと修道服は肌の露出を控えるようなデザインになっているのですが、私のモノは長旅仕様の特注品ですゆえに。
要所要所に通気性のためのスリットが設けられているのでございます。
挟まっていたこちらは、質の悪い紙か何かの切れ端でしょうか……?
ご丁寧にも二、三回ほど折り畳まれております。
まさか偶然に飛び込んできたわけでもないでしょうから、何者かが私の目を盗んで胸元に挟み込んだと思われますけれども……。
とりあえずペラリペラリと中をめくって確認してみましたの。
『ザコ勇者に伝えて。次のラウンドが狙い目よ。――ミント』
「ふぅむッ!?」
こ、これはッ!?
ミントさんからの戦術指示書ではありませんか。
先ほどからご本人のお姿が見えないと思っておりましたが、まさか私にすら気付かれることなく〝転移の異能〟を駆使して!?
私の懐、もとい私の胸元に指示を書いた紙を捩じ込んでいかれたというでして!?
確かに大衆の目が厳しいこの状況下では、直接的な会話をしてしまったら怪しまれてしまうに決まっておりますの。
でも、トンデモなく大胆なことをやってのけますわね……!
さすがは私たちのお師匠様ですのッ!
チラチラとイザベラさんを気にしておきます。
ふぅむ。大丈夫。少々取り乱してしまったかもしれませんが、気付かれてはいないようです。
そそくさと指示書をまた胸元にしまい直しつつ、書かれていた内容を心の中で復唱いたします。
次のラウンドが、狙い目、ですか……。
はたしてどういう意味なのでしょう?
まるで事前に入念に作戦を練られていたかのような、更にはスピカさんとの打ち合わせも済ませているような書かれ方ですけれども。
ということはアレですの?
もしかして、今スピカさんがご愛用の小剣をしまって、素手で格闘なさっていたりするのも何か戦術的な意図があったりするんでして?
……もちろん、私のような戦闘ド素人が深読みしたところで、正しい目的や結論には辿り着けないと分かっております。
そしてまた、お二人の蚊帳の外にいるというのも、ちょっぴり寂しさを感じてしまいますけれども。
とにもかくにも、この内容を正確にお伝えするのが今の私の役目だと確信いたしましたの。
そろそろ第三ラウンドも終わりつつあるようですし、お戻りなさったスピカさんを治癒魔法で癒してさしあげつつ、こっそりと耳打ちをして……あ、いえ、コレはもう直接お見せしてさしあげたほうが早いかもしれませんわね。
きっと、次の第四ラウンドで何かが起こると思うのです。
まだワクワクが三割、ドキドキが七割といった心持ちではありますが、スタートからずっとスピカさんの不利な状況が続いている今、戦況が好転することを祈っております。
今のうちに治癒魔法の練度を上げておきましょうか。多少なりとも時間短縮にはなるはずです。
胸に手をあてて、祈りを捧げます。
お空の上にいらっしゃいます、女神様。
温かく見守ってくださるのはありがたいのですが、先ほどからわりとピンチが続いていると思うのです。
貴女の従僕がこんなにも焦っているんですのっ。
もう少しくらいお力をお貸しくださってもよろしいかと思いますのっ!
願わくば、この戦況を変えられるだけの治癒と身体強化の加護をお与えくださいまし。
……別に後者はなくてもよろしいですけれども。
きっとスピカさんなら、自力で何とかしたいとおっしゃると思いますし。
だからせめて、無事に終わったら私たちを手放しに労ってくださいまし。
よくやりましたねと褒めてくださいまし。
スピカさんは私なんかよりもずっと敬虔な女神教の信徒さんなんですの。
きっと、お喜びになると思いますのっ!




