今はじっくり食らい付いてくださいましーッ!
私の宣誓に対して、イザベラさんは何も言い返してきませんでしたの。
代わりにあったのは嘲笑にも似た舌打ちと、ほんの少しの……嫉妬の視線なのでしょうか。
ただの理想論と一蹴されてしまったのかもしれませんが、私も自らのお花畑さには重々に理解しているつもりです。
その上で、私は私の聖女としての信念を曲げるつもりはお菓子の欠片たりともないのです。
聖女に求められているのは能力の高さか、それとも精神の達観さか。
きっと観衆の皆さまには伝わってくださると私は信じておりますからね。
さて、そろそろ言葉と言葉でぶつかり合うターンも終わりを迎えてしまうはずですの。
いくら私の献身さが気高いモノであっても、理想を叶えるだけの実力を持ち合わせているのだと証明せねばならないのです。
先ほどからスピカさんとシロンさんが中央のほうで火花を散らせていらっしゃいますが、ほんの少しだけ、剣と剣のぶつかり合う音が少しずつ鈍くなってきているように思えます。
第一ラウンド終了という感じでしょうか。
「では、見せてさしあげますの。今代の聖女の、献身的な治癒魔法というモノを」
「…………フン」
イザベラさんが鼻で笑ったその直後。
フワッとマントが翻る音と共に、彼女のすぐ目の前にシロンさんが現れたのでございます。
頬と顎に汗を滴らせていらっしゃいますの。
表情には少しだけ疲労を見せておりますが、まだまだ余裕さを醸しているようです。
いや、相手方の情報よりもっ! ですのっ!
「スピカさんッ! 大丈夫でしてッ!? 今癒してさしあげますのッ!」
「あっはは……さすがはシロンくんだ。ちょっとでも気を抜いたら腕ごと持ってかれちゃうかも。ただでさえ左右一本ずつしかないのにさ」
「冗談でもやめてくださいまし、まったくもうっ!」
汗をびっしょりかいたスピカさんが、よろめくように私の前に現れなさったのでございます……ッ!
彼女のほうが明らかに切り傷の数が多いですの。ところどころ血が滲んでいらっしゃいます。
お口振りからして防戦一方とまでは言わなくとも、手に持つ得物のリーチの差が、その分だけ攻撃ヒットの確率に直結しているのかもしれません。
やはり、直剣相手に短剣では不利みたいですのね……ッ!
スピカさんを心配しつつ労わりつつ、黙々と無詠唱で治癒魔法を施してさしあげます。
先代様と特訓をいたしましたゆえ、この程度の傷であれば祝詞を唱えずとも完全に治癒できてしまいますの。
手のひらから照射した緑色の光が、見る見るうちにお肌をスベスベに治していきます。
服のヨレや擦り切れも何のそのですのッ。
新品同様にまでもっていけちゃいますのッ。
「ほい、完治ですのッ。まだいけまして!?」
「ありがと。大丈夫だよ。何とか慣れてみせる」
頼もしい頷きと共に、スピカさんはまた中央のほうに戻っていかれましたの。
ご愛用の短剣を構えつつ、同じく中央に戻られましたシロンさんの攻撃を見極めようと、左右に小さくステップを踏んでいらっしゃいます。
圧倒的なスピードと手数で攻めるのがお得意なスピカさんですから、シロンさんの振るう重い直剣の隙を突くことさえできれば、充分に勝機はあるのです。
幼い頃から血の滲むような鍛練をずっとなさっていらっしゃるのですし、今回もきっと、大丈夫だと信じております。
男女の筋肉量や腕力の差を圧倒的な勝負勘で捩じ伏せてしまえるのが、言わば勇者の血筋の特権みたいなモノですの。
ただしシロンさんもまた勇者の血を受け継いでいらっしゃる方なのですけれども……そこはほら、同じヒト族であることに変わりはありませんし。
それゆえに同条件ですのっ。おそらくっ。
「どんなに私たちが優れた治癒術師であったとしても、前線で戦うのは私たちではありませんの。信じて祈り託すことしかできないのは、ちょっとだけ、歯痒さを感じてしまいますわよね」
「…………それは、そうかもしれませんね」
直接的な癒しをお届けした後はもう、基本的に応援することしかできないのでございます。
ちなみに肉体強化の魔法は聖魔法の類いではありません。ミントさんが以前扱っておりましたが、根本は東方から伝わったモノだと伺っております。
ゆえに今回はレギュレーション違反ですの。
あくまで勇者の実力と聖女の実力だけでぶつかり合わねばなりません。
既に戦闘の場に移動なさったスピカさんに、大声で応援の声をお届けいたしますッ!
「さぁ、とにかく引き続き気合いと根性でしてよーッ! 今はじっくり食らい付いてくださいましーッ!」
治癒魔法を使えば、肉体的な疲労感は取り払えるんですけれども。
精神的な疲労に関してはどうしようもないですからね。
実力が拮抗していてどうしても勝敗がつかない場合は、先に相手の心のほうを折りにいくというのも戦法としては間違っていないのです。
つまりは負けるまでは負けない、と。
自分こそが勇者であるという意地が、最後の最後に大事な鎧と盾になってくれるかもしれませんの。
だからこそ私は気持ちをキチンと声に出しますの。
私は誰よりも貴女の勝利を信じておりますと、まっすぐに私の相棒さんに届けてさしあげなくてはッ!




