……人には人のヒミツがあるのです
どこからともなく取り出したかと思いきや、普通に鞄から取り出した器に、出来上がった鍋料理をよそわせていただきましたの。
こちら既にスープというよりは熱しすぎたお餅のようなドロドロと化してじっております。
えっと、アレですの。そのまま加熱し続けたら、最終的には植物型魔物のお肉が完全に溶けちゃいましたの。
生のときはあんなにも食べ応えがありそうでしたのに。今では見る影もございません。
肉ぅー。うぅー……齧り甲斐のあるお肉ぅー……。
こんな流動食状態になってしまっては食べた気がしないですの〜……。
ただ単にお腹に溜まるだけでは食事に面白みがありませんの〜……。
しかしながら、存在し得ないモノは仕方がありません。
この程度を我慢できなくては聖女の名も廃ってしまいますものね。
そもそも健康な私よりも、戦いに疲れたスピカさんのほうが何倍も栄養を摂らなければなりません。
魔物肉が完全に溶け出しているということは固形のときよりずっと消化しやすくなっているに違いないのです。
ケガ人さんにはちょうどよいくらいですわよね。
まさに渡りに船、もしくは食用鳥が茎植物を背負って自ら飛んできてくださったとでも言い表しましょうか。
うっ……鳥肉……やっぱり足りないお肉感……っ。
とにかくグッと言葉を呑み込み直します。
首をブンブンと振って邪念を討ち払いますの。
中途半端にお腹が減っているから余計なことを考えてしまうのですっ。
さっさとアツアツのうちにいただいてしまいましょう。
ほらほら私、目の前には採れたて新鮮の食材で彩られたお食事があるのです。匂いは悪くないんですの。その他にも望むのは求めすぎというものではありませんでして?
良い匂いに誘われたのか、横になっていたスピカさんも今だけは姿勢を正しなさいました。
そしてまた、私もキチンと座り直します。
「こっほん。見た目は結構ゲテモノ感ハンパないですけれども。焦らず残さず好き嫌いせず。命の恵みに感謝いたしまして、お手を合わせて、いざ」
「「いただきます」」
二人して呟いたのち、スープモドキに匙を突き刺して、そして無理矢理に掬い出します。
明らかに匙に収まりきっておりませんけれども、丸ごと気合いで口まで運びましたの。
とりあえず香りのほうは……やっぱり大丈夫そうですわね。適度に食欲を誘ってくださいますの。
その辺で摘んだ食草が香り付けを手伝ってくださったのか、微かに爽やかな匂いが鼻を通り抜けていくのです。
適当に振りかけてみた香辛料もいい感じにパンチを出している気がいたします。
ダメそうなのは見た目だけなのでございます。
いや本当に、一匙分のおべっかもなく。
目を閉じて、勇気を出して、口に含んでみます。
もむもむと独特な舌触りに身慄いしつつも、終いにはごっくんと喉を鳴らして飲み込みます。
「……あら? 意外に美味しい。沢山の旨みが溶け出しておりますのね。見た目はこんなにもおゲロちっくですのに」
「うん……! ホント見た目はこんなにもゲロ――って表現がとにかく下品だよリリアちゃん」
「うぇっへっへっですの。麗しき乙女が乱れている姿にこそ需要があるんでしてよ? ご存知ありませんでして? はむはむっ。むにゅるふっ」
「残念ながら聞いたことありませーん」
照れ顔でそっぽをむかれてしまいました。
スピカさんのほうは早々に匙で食べるのを諦めなさったのか、器に直接口を付けてズズズってお啜りなさっていらっしゃいますの。
たしかにそちらのほうが得策ですわね。
別に誰かに見られて困るようなことでもありませんし。もはや手掴みのほうが食べやすそうまであるのです。
とりあえず口の中に入るだけ放り込んでは、もむもむと噛んでいるのか舌の上で転がしているのか分からないくらいに咀嚼してから、一気に飲み込みます。
ああ、口いっぱいに香る、お野菜とフルーツを微かにお肉で割ったかのようなこの野生味……っ!
これが自然の恵みをダイレクトに味わうということなのでございましょう。
いわゆる野宿の醍醐味ってヤツですの。
「この調子なら、大森林の中に篭っても食料事情は問題なさそうですの……っ!」
「だね。毎回毎回傷だらけになるかもだけど」
「もう少し安全かつ確実に手に入る食材を知っておいても損はないかもしれませんわね。
せっかくですし、お次の街で情報集めしておきましょうか。柔らかくて美味しい獣と固くてマズい獣のちがいとか、他にも罠と狩りの仕方とか」
「リリアちゃんはホントお肉が好きなんだねぇ」
ええ、大好きですの。野菜の何倍も好きですの!
それこそ修道院にお世話になる前などは、日毎に人の目を盗んではパクついておりましたもの。
さすがに自ら捌いて調理するほどのスキルはございませんでしたけれども。
お肉であれば揚げでも煮込みでも蒸しでも何でもペロリとイケちゃいましてよ。
中でも特に好きなのは王道を征く〝焼き〟でしょうか。
私、お汁の滴るお肉のために生きていると言っても過言ではありません。
熱した石板に厚切りの肉塊を転がしては、表面だけをカリッと焼いて旨みを閉じ込めてみたシンプル・イズ・ベストな焼き肉料理などは……アレはもう忘れようとしても忘れられるものではございませんわよね。
たった今ドロドロ鍋を咀嚼していながらも、つい涎が垂れてしまいます。
慌ててジュルリと啜り直させていだきましたの。
ああ、肉……肉……やはり、お肉。
そして何より美味しいのが、肉体美。
「ちなみに私、殿方の肉体が一番好きですの。端から端まで舐め回したくなるほどに好きですの」
「はいはい……そろそろ来るかなって思ってたよ……」
「さすがはスピカさんですわねっ。私のボケをかますタイミングをよくご存知なようで。これからもご贔屓にお願いいたしましてよっ」
彼女と一緒に旅を始めてから、そろそろ二十と余日が経過しようとしておりますでしょうか。
ここまでほとんど何の苦労もなく、楽しい旅を続けさせていただきましたの。
……しかしながら、ということは、ふぅむ。
そろそろ〝真夜の日〟が近くなっているということでもあるんですのね。
この世界には、約三十日に一日だけ、夜に星が少しも瞬かなくなる奇日が存在いたしますの。
空に光が無くなった夜を――世の人々は真夜と呼んでいるのでございます。
とある地方には〝魔物の活動が活発になる〟との言い伝えが残されていたりもいたします。
「…………あ、そうですの」
「うん? どしたの?」
「誠に恐縮ながら、私、あと数日後に必ず風邪を引きますの。スピカさんに移したくはありませんから、その日は一日中テントに引き篭もらせていただきますわね。よろしくて?」
「え、あ、うん。分かった、けど……。必ず風邪を引くってどういうこと? リリアちゃんって季節の変わり目とかに弱かったっけ?」
「ま、まぁそんなとこですの。あんまり詮索しないでくださいまし。深い理由などはございませんゆえ」
とりあえず誤魔化すためにスープモドキを音を立てて啜って、空になった容器にすぐにおかわりをよそいます。
……人には人のヒミツがあるのです。
こればっかりはどうしようもありませんの。




