スピカさんが味方でよかったですわねぇ……
口を一文字に結んだスピカさんが、力強く地面を蹴って一気に駆け出しなさいますッ!
辺り一帯は巨根のツルから滲み出たヌメリ液によってぬかるんでしまっているところもあるようですの。
しかしながら、そんな足元の不自由さを臆することもなく、まるで低空飛行でもしているかのようにズンズンお進みなさっていらっしゃるのですッ!
最高スピードとはほど遠いものでしょうが、それでも植物側の応対速度よりはずっと速いらしく、迫りくる若緑色のツルをバッタバッタと切り刻んでいらっしゃいますの。
通ったところが緑色の道がになっているくらいです。
このツルが食用であれば後でせっせと回収して差し上げるんですけれども……!
見るからに筋張っていそうで美味しくなさそうですの。
「……んぐっ。さすがにただの草ってわけじゃあないみたいだね」
「ふぅむ!?」
どうなさったのでございましょう。
巨根型魔物さんに肉薄なさる前に、スピカさんが痛々しい吐息を漏らしなさったのございます。
移動スピードもほんのり落ちておりますの。
「だ、大丈夫なんですのっ!?」
「我慢できるから平気平気。敵さん、どうやら直接攻撃に切り替えたみたいだよ」
そのお言葉に目を凝らして見てみると、先ほどまでは足首などの細部に細ツルを伸ばしてきていたと思うのですが、今はまったく異なっております。
太めのツルを横凪ぎメインに振り回しているのです。
最初よりも見るからにしなり具合がだいぶ強くなっている気がいたします。
風を切る音も明確に聞こえてきておりますの……ッ!
……ふぅむ。細かな移動を繰り返すスピカさんには絡みつけないと判断したのか、攻撃手段を絞め技から打撃技に切り替えなさったみたいですわね。
つまりはリーチを活かしたムチ攻撃ってことですか。
強靭なツルを力任せにブンブン振り回していらっしゃいます。
おまけにところどころに付いている芽がトゲの役割も担っているのか、触れただけでも結構なダメージになってしまいそうですの……!
「……くっ。なるほど厄介だね。でっかい図体してるわりに、ホントは結構な小心者ってわけだ。相当近付いてほしくないみたいだね」
襲いくる太ツルを上手いことかわしたりいなしたりしているようですが、さすがに素早い彼女であっても全方位から放たれる攻撃を防ぎきることはできないようで、何発かに一発は痛々しい鞭攻撃を食らってしまっているようですの。
革の装具部分で受け止めていたとしても、衝撃自体は身体にダイレクトに伝わってしまうはずです。
元より身軽さ重視で露出面積の多い格好をなさっていらっしゃる彼女なのですから、直に肌に食らってしまっているところもあると思われますの……!
おそらく当たりどころがよくてミミズ腫れか、下手したら裂傷になってしまっている可能性も……っ!?
スタミナ的にも長時間の戦闘は不利ですの。
最近、特にお肉を食べていないんですから。
ここぞというときの踏ん張りが効かないはずです。
私がそうなんですもの。
「一旦下がって回復しておきませんこと!?」
「ううん、まだ大丈夫。それに多分、もう見切れたから。次で一気に攻める――よッ!」
こちらには振り返らず、ただ一言のお返事と共に、再度駆け出し直しなさいました。
目にも留まらぬスピードでという表現がぴったりだと思いますの。今の私の動体視力では微かに残像が見えているか否かといったレベルなんですもの。
あまりの速さに、彼女が息遣いが耳に届いてくるかのような錯覚さえいたします。
時折ビチバチィッと甲高い音が聞こえてきているのはムチをその場で切り落としているからでしょうか。
ついにスピカさんが巨根に肉薄なさいました。
そしてまた、ようやく彼女の姿が見えましたの。
逆手に構えたナイフを勢いよく振り下ろして、本体めがけて突き刺しなさいます。
グリグリと捩じ込んで穴を広げて、抜き取ってまた構え直して振り下ろして穴を空けて、と。
それを何度も何度も繰り返していらっしゃいますの!
時折悲鳴を上げるかのようにヒュージプラントが粘液を周囲に飛び散らせておりました。
次第にその噴き出す勢いを衰えさせていき、ウネついていたツルもしなやかさを失い、最後にはびたんと地面に力なく垂らしなさいます。
そして、ついには完全に動かなくなりましたの。
「ふぅ。終わったよ。無事退治完了っと」
「お疲れ様でしたの。回復してさしあげますから戻ってきてくださいましー。
……正直、貴女とだけはガチバトルしたくないですわね。喧嘩なんてしようものなら、ほんの一瞬でこの修道服をズタズタに引き裂かれてしまいそうです」
「あっはは。一応私も全力を出していい相手は選んでるつもりだよー」
はへっ。それどういう意味ですのっ?
その気になれば赤子の手を捻るよりも簡単に私を屈服させられちゃうってご宣言ですのっ?
スピカさんが味方でよかったですわねぇ……。
何と言いますか、敵と見做した相手に対しての手加減の無さやら攻撃のアプローチやら、見ていられなくなるほどにまっすぐなのでございます。
ある意味では無邪気な残忍的と言っても過言ではないかもしれません。
やると決めたらとことんやるような――
スピカさんの健気さと覚悟の両方が垣間見えたような気さえいたします。
……しかしながら、ここで私が必要以上にビビってしまってはよろしくありませんわね。
あくまで私とスピカさんは対等な関係なのです。
身を挺して頑張ってくださった彼女を全力で労いつつも、戦闘によってビンビンに引き締まってしまった空気を適度にほぐしてさしあげるのが、慈愛の聖女である私の役目ともいえましょう。
……こっほん。であるならば。
「ふぅむ。ところでこの巨根プラントさんって、芯までしっかり植物なんですの? 実はコアの部分はお肉的であったりいたしませんでして? 一応は魔物なのですし」
「あー、うーんとどーだろ。ちょっと解体してみる? そこそこ柔らかそうなトコはあるかもだけど。美味しいかどうかまでは分かんないよ?」
「構いませんのっ。何事もチャレンジしてみるのが旅の醍醐味なのでございますっ。
それにたくさん動いてお腹減りましたでしょう? 単に傷を治すだけでは味気ないことですしっ」
ただ魔物を討伐しただけでは面白くありませんもの。
それだったら服を適度に溶かされて半裸で旅を続けることになっていたほうが展開的にはオイシい結末になっていたかもしれませんし。
……てへぺろり。さすがに冗談ですの。
今のは空腹のせいにさせてくださいまし。
滴り落ちているこのヌメヌメ液にこそ栄養があったりだとか、ツルの生え際をよーく探せば甘い果実が実っていたりだとか、根っこを切って干したら長期的な保存食になるだとか、そういうココだけのネタが欲しかったりいたしますのっ!
ああもうっ。修道院時代に図鑑の隅から隅までをちゃぁーんと読み込んでおくべきでしたわねっ。
人型の魔物のページにしか興味を抱けなかった過去の自分を、一発ブン殴っておきたかったですの〜っ。
素直に反省いたします。てへぺろり。