己の正義ってヤツを盾にしてね
男の子二人を治療しつつも、それから二人、お次に一人、息をつく暇もなく更に二人……と、矢継ぎ早に魔族の患者様が運ばれてきましたの。
今、数えて十名もの患者様が地面に横たわっていらっしゃいます。
症状についてはピンからキリでしたの。
比較的意識のハッキリされている方でも二、三本は骨折をしていらっしゃいましたし、酷い方は全身がボロボロの血みどろであったりと、お身体を見ただけで壮絶な仕打ちを想像できてしまって、気の毒に思えてなりませんでした。
どう考えても労働使役用の扱いではありませんの。元から嗜虐目的か、はたまた度の過ぎた愛玩用か。
想像するだけで吐き気を催してしまいます。
とにかく何も考えようにしながら、ひたすらに治癒に専念させていただきましたの。
私も何度か気を失いそうになりましたが、己を鼓舞して気合いで乗り切ったのでございます……!
そうして、目が回ってしまうほどの忙しさと共に、私の魔力も残り少なく感じ始めた頃合いにぃ……っ!
ミントさんが最後に〝転移の異能〟でスピカさんを連れてきたのを目視で確認いたしまして、ようやくこの救出作戦が無事に終えたことを知ったのでございます……っ!
「……はぁ……はぁ……ようやく、落ち着きましたの……ご安心くださいまし……皆さま、無事に峠を越せたはずですゆえに……っ」
お二人のお顔を見て緊張の糸が切れましたの。ペタリと腰が抜けてしまいます。
今になって疲労感も押し寄せてまいりました。
「お疲れリリアちゃん。申し訳ないんだけど、私のほうも治癒頼めたりするかな」
「もっちのロンですの。それくらいブランチ前でしてよ……っ」
幸いにも魔力切れにまでは陥っておりません。この手に宿る淡い緑の光をスピカさんに照射してさしあげつつ、撫でるようにして精一杯に労ってさしあげます。
気持ちよさそうに受け入れてくださいましたの。
いつものことながらスピカさんは切り傷や擦り傷だらけになっておりますし、今回も限界ギリギリの肉薄戦を繰り広げてきなさったのでございましょう。
達成感に満ち溢れたお顔をなさっているのが救いですの。
作戦が成功してよかったですわね。
お隣に佇んでいらっしゃるミントさんも、疲労感にハァハァと息を切らしておりましたけれども。
今はもう穏やかな顔で横たわる患者様の姿を見て、フッと目を細めて安堵の溜め息をこぼしていらっしゃいましたの。
「ザコ聖女、世話かけたわね。アンタのおかげで、アタシの同族も無駄死にしなくて済んだわ」
珍しくコクリと頭を下げてみせたミントさんが、力なく地面に座り込む私に目線を合わせるように屈んでくださいました。
そのまま翳りのない微笑みを見せてくださいます。
「はぁ……私もぉ……まさかこんな酷いことになっているとは想像しておりませんでしてよっ……」
見てみて分かりましたの。奴隷なんて言葉はただの体裁で、ホントのところはただの生きるサンドバッグではありませんか。
人権も尊厳もあったものではありません。
むしろ家畜よりも酷い扱いですの。
正直、怒りを抑えきれないでおります。
「アンタもこれで分かったでしょう。崇高な理念を掲げている連中ほど排他的で攻撃的になるモンなのよ。己の正義ってヤツを盾にしてね。敵には何をしたって許されるの」
ある意味では諦めの意とも感じられる、とっても複雑なご表情でしたの。
……敵、ですか。
かつてのヒト族と魔族の間に発生した戦争は、とっくの昔に休戦を迎えております。
もう三百年もの月日が経とうとしておりますの。
エルフ族のような長命種であるならまだしも、ヒト族はそこまで長生きできるわけがありませんから、当時を知る者などいるはずもありません。
今の時代を生きているのは当事者の孫の、そのまた孫の、孫の……。
種族同士でいがみ合う理由など、今はもうどこにも誰にもないといいますのに。
魔族は敵でも捕虜でも何でもないのです。
ヒト族はヒト族でしかなく、魔族は魔族でしかないだけだと、私はそう思いますのに……っ。
「……私もね。実際に見ちゃったんだ」
スピカさんが私から顔を逸らして、ボソリとお呟きなさいます。
「神父服の人がね、檻の中を見てたんだ。そして何食わぬ顔で素通りしていってた。中には傷付いて唸ってる魔族の子がいたのに。まるで気にも留めずに……ただ、見てたんだ……ッ!」
拳をグッと握り締めて、憤りを露わにしていらっしゃいましたの。
スピカさんはとにかくお優しい人ですの。
人のために涙を流せるお人ですし、誰かのために身を粉にして奮闘できる人なのです。
その対象は別にヒト族に限らず、彼女の守りたいと思った全ての方々が対象で、だからこそ……この状況が許せないのでございましょう。
神聖都市セイクリットは、ヒト族至上主義が強く根付いている土地ですの。
そして女神教の総本山として世界から認知されております。
……でも、変な話ですの。
別に女神教はヒト族のためだけのモノではありませんし、ヒト族以外を否定する思想を理念としているわけでもございません。
権威のある者か、あるいは悪意のある者か。
誰かが歪めているとしか思えないのです。
「……とにかく、よ。アンタらのおかげで無事に助け出せた。あとはアタシのほうで何とかする。先に戻っておいてもらえるかしら」
「はぇっ。ミントさんも治癒しておいたほうが」
「帰ってからヨロシク頼むわね。そっちの勇者が引っ掻き回してくれたからアタシはそこまでダメージ受けてないし」
「ふぅむぅ……」
彼女は静かに首をお振りなさいまして、一番手前に横たわっていた魔族の女の子に触れて、ビシュンと転移していなくなってしまいましたの。
決行前にミントさんがおっしゃっていた知り合いのところに運んでいるのでございましょうか。
お手伝いをしようにも私たちではどうしようもありませんし、終わるまで待ってさしあげてもよろしいのですが、先に戻っておいてとも言われてしまいましたし……。
「先に帰っておこっか、リリアちゃん」
「そう、ですわね」
後ろ髪引かれる思いでしたが、言われたとおりにあとはミントさんにお任せすることにいたしましたの。
なんだか、重い空気になってしまいましたわね。




