ザコ聖女ッ! 次ッ! 二人お願いッ!
大きく息を吸って。
ゆっくりと最後まで吐ききって。
それから目を閉じて。
手を合わせてお空に祈りの声を届けます。
「お空の上に御坐します、女神様。貴女の敬虔なる従僕に癒しのチカラをお授けくださいまし。願わくば忌まわしき病を治し、傷を取り払えるだけの清く気高いチカラを、私にお与えくださいまし……ッ!」
私と女神様は既に繋がっておりますゆえに、こんな形式張った祝詞を唱えずとも治癒魔法の加護を授けてくださることは重々に理解しておりますけれども。
キチンと敬意は示しておくのでございます。
今回ばかりは失敗は許されませんものね。
これから治療の必要な患者様がやってくる以上、完全完璧に癒してさしあげるのが聖女の役目なのでございます。
珍しく素直にお応えくださったのか、すぐに私の手のひらが淡い緑色の光を纏い始めましたの。
そちらに合わせて柔らかな温もりも感じます。
コレで治癒の準備は万端ですわねっ。
この緑光を患部にかざせば傷口はみるみるうちに塞がっていきますし、目には見えない体内の不調であっても、しばらく照射し続けることで好転させられる、とっても誉高い聖魔法なのでございます。
欲を言えばここに清潔なベッドやら包帯やらも準備しておければなお完璧だったのですが、さすがにそこまで手間暇をかけられる余裕はありません。
しかしながら、実際どの程度の具合の患者様を連れてくるのでございましょうか。
奴隷として扱われているということは、少なくとも商品としての価値があるということに直結いたしますの。
肉体労働的な観点からすれば四肢は無事であるほうがよろしいでしょうし、全ての肝心要である目を潰すことだってまずありえませんでしょうし。
せいぜい治療の対象としては鞭打ちによる裂傷やら打撲痕やら、折檻の際に生じた軽微な怪我であってほしいんですけれども……っ。
ふぅむ、困りましたの。
実は私、奴隷がどんな扱いを受ける存在なのかあまり存じ上げていないのでございます。
修道院時代にもう少しばかり世界の暗部側について知見を深めておいたほうがよかったかもしれません。
きっと読み漁るジャンルが偏っていたせいですの……。
というよりそんなリスキーな本は、修道院の図書スペースに置いていなかったので仕方がありませんの!
――と、無意味に己の憤りを過去にぶつけ始めていた、ちょうどそのときでございましたッ!
眼前に、真っ白な光が現れ出てきたかと思えば!?
「ザコ聖女! 連れてきたわ! 治癒お願い!」
「わっわわわ分かりましたのっ!」
「ヨロシク頼むわね! それじゃ戻るから!」
シュバッという風切り音と共に、唐突にミントさんが現れなさいましたの。
切羽詰まった顔のまま抱えていた方を地面に下ろしなさいますと、私と目を合わせることなく猛烈なスピードで、またすぐに転移の異能で消えてしまわれました。
息を整えるのも半ばに、急いで連れてきた方の症状を確認いたしま――
「うっ……これは……ッ!」
思わず言葉を失ってしまいます。
正直、惨いとしか思えませんでした。
ヒト族でいえばまだ子供くらいの身長の――髪の長さからしておそらく女の子の魔族が、ロクに服も着せてもらえずに、全身真っ赤なみみず腫だらけになって横たわっているのでございます……ッ!
一発や二発の鞭打ちではこうはなりません。
それこそ何十発も打たれているはずですの。
おそらく抵抗する力もなくなるほど、ホントに絶命するギリギリまで痛め付けられていたとしか……!
辛うじて息はしているようです。
けれども今にも消え入りそうですの……ッ!
「今、治してあげますのッ! ですから気をしっかり保ってくださいましッ!」
急いで彼女に駆け寄って、ありったけの祈りを込めて治癒の光を照射いたします。
片手では到底足りません。
むしろ私の全力で挑まなければ命が危ないのです。
余計なことを考える余裕はなく、ただ私はなるべく全身に治癒の力が行き渡るように激しく、それでいて彼女の身体をふわっと真綿で包み込むように、懇切丁寧に治癒の光を当て続けさせていただきます。
……額に滲んだ汗が、顎から垂れ落ちる頃。
ようやく彼女の肌からは腫れが少しずつ引いていき、そのままでは必ず跡に残ってしまうであろう鞭跡もジワリと塞がっていって、彼女の表情がいくらか和らいだのを確認できましたの。
やっと一息つけるか否かというタイミングでしたのに。
「ザコ聖女ッ! 次ッ! 二人お願いッ!」
またミントさんがいきなり現れては、新たな患者様を地面に横たわらせなさったのです。
今度は私の返事を聞くこともなく即座にまた姿を眩ませてしまいます。
溜め息を吐いている暇などありません。
迷うことなく一直線に駆け寄ってさしあげます。
お次の患者様は男の子二人のようですの。
まだ若い魔族さんなのか、ミントさんに比べると頭の角がちょっとだけ小さいような気もいたします。
彼らの意識はわりとハッキリとしているようですが、どちらも苦痛の呻き声を漏らしていらっしゃるのが気になりますの。
その原因は……ああ、背中のコレのせいですわね。
「なんと酷いことを……。安心してくださいまし。綺麗さっぱり跡も残しませんゆえ!」
まるで松明でも押し当てられたかのように、背中の皮膚が酷く爛れてしまっていたのです。
見ているだけでヒリヒリとしてしまいます。
けれども怖気付いている暇はありません。
手のひらから放出する魔力量を更に増やして、治癒の光を一気に増大させます。
やはり陣を敷くしかありませんの。
でないと手が足りないのでございます!
「女神様ッ! もう少しばかりお力添え願いますのッ! この場に広範囲治癒魔法を展開させてくださいましッ!」
地面に向けて治癒の光を放出いたします。
そうして私を中心に円を描くように、空間全体を包み込むように緑色の光で周囲を明るく照らしますの。
即席の魔法陣とも言えましょうか。
せいぜい寝泊まり用のテントよりもほんの少しだけ広いかという程度の範囲ですが、その内側にいる者には一律に治癒の効果を与えることのできる、いわゆる一括治癒が可能になるのでございます。
突貫なだけあって精神疲労と魔力消費が共にハンパないのです……っ!
けれども私は魔力タンクと呼ばれた女ですの。
しばらく治癒の魔法陣を展開し続けることくらい、造作もありませんでしてよ……ッ!




