ブッ潰してやるのよ
とある曲がり角の手前にてミントさんが立ち止まりなさいました。
左右を見てもどちらも建物の裏手に面しているようでして、隠れんぼで選んだら最後まで残れそうな強々ポイントだと思いましたの。
ミントさんはご自身だけで角の向こう側をご確認なさりつつ、振り向きざまに眉間にかなりのシワを寄せながら、静かに頷きなさいます。
「……どうやら無事に目的地に着けたみたいだわ」
「ということは、その曲がり角の先に?」
「ええ。信じたくはなかったけど」
ふぅむ。やっと着いたんですのね。
今日も今日とて沢山歩きましたもの。
その目的地とやらを私も覗き見したかったのですが、私は首を出すことさえダメなのか、無言のまま平手で制されてしまいましたの。
「ダメよ。アンタの金髪は目立つのよ。いくらベールで覆い隠してたとしても」
「ふっふんっ。この髪は私の自慢ですもの。注目を集めてしまうのも仕方がありませんのっ」
湿気が多いと自然とウェーブしてしまうクセっ毛なのですが、普通の金髪よりも少しだけ色素の薄い金色がとっても高級感を演出してくださっておりますゆえ、私のキャラ性を一際引き立たせているのでございます。
金色はセレブさやお嬢様感には欠かせない要素ですものね。
顔も名前も知らないお母様お父様に感謝を申し上げつつも、こっほんと咳払いをしておきます。
髪の話は今はどーでもよろしいのですっ。
「それよりここはいったいどこなんですの?」
やたらと大通りから離れた場所に連れてこられたかと思いますけれども。
こんな人気のないところにまさか可愛い雑貨屋やオシャレなカフェがあるはずもありませんし、ミントさんは何の目的で訪れたのでございましょう。
コソコソと隠れているのも気がかりなのです。
彼女は心底嫌そうに、ボソリとお答えくださいましたの。
「……奴隷市場よ。それも非合法の」
「どれッ――ぃぶむぇ!?」
「バカ。声が大きいわよ」
むぐっと口を押さえられてしまいました。
キッと睨み付けられてしまいます。
横で見ていたスピカさんがケラケラと笑いをこぼしていらっしゃいましたが、どうやら私より先に目的を理解なさったのか、すぐに真剣なご表情に切り替わりなさいましたの。
「なるほどね。ってことはミントさん。もしも私たちが客として来てたなら、もっと堂々と正面から品定めに行ってたはずだよね?」
「ええ、その通りね。買うわけないけど」
とぼけるというよりはむしろその逆、腹の内を探るように片目を瞑りながらお尋ねなさいましたの。
ミントさんもその意図を察したのか、フッと息を漏らしながら、特に誤魔化すことなくお答えくださいました。
やれやれと腕を組みながらお続けなさいます。
「しかも、今回のは会員制の市場らしいわ。だから一見さんはハナからお断りになってるし、商品のほうも正規のルートでは仕入れられていないモノばかりが集められてる。ま、売るほうも買うほうもゴミ同然のヤツらってことね」
最後のほうはもう吐き捨てるような感じでしたの。
声は殺していらっしゃいましたが、イラつき自体を押さえられないのか、拳を固く握りしめていらっしゃるのです。
そのご様子を見て、スピカさんが決意に満ちたご表情でコックリと頷きなさいます。
「おっけ、やるなら助太刀するよ」
「ありがと。アンタは話が早くて助かるわ」
「それじゃあ私は何をすればいい? 陽動? 切込隊長? それとも檻とか手錠とか、片っ端から叩っ斬っとけばいい感じ?」
「…………ふぅむ?」
先ほどからお二人の間ではトントン拍子でお話が進んでいらっしゃるようですけれども、私だけが蚊帳の外のままですの。
一度、整理をしておきましょう。
目と鼻の先に非合法の奴隷市場があって、ということはきっとそこにはヒト族でない奴隷たちがいて、ミントさんはそれを気に食わないと思っていらっしゃって。
言動からお察するに、おそらくスピカさんも同じお気持ちのようですし。
そんなお二方が何かと物騒なワードを挙げなさっているということは……えっと、つまり?
「……どういうことですの?」
「ブッ潰してやるのよ。そんで囚われてる子たちを解放するの」
「ブッ潰――ぶぇぐっ」
「だーから声がデカいってば。場所がバレたらマズイんだから」
またもや口を押さえられてしまいました。
クワッと睨み付けられてしまいます。
わ、分かりましたの理解いたしましたのっ。
もう大きな声は出しませんのっ。
コクコクと何度も頷いて訴えてさしあげたもころ、ようやく解放してくださいました。
すぐに大きなため息が聞こえてまいります。
「多分、売り買いされてるのは近隣の集落から賊に拐われてきた子たちなのよ。それも獣人族だけじゃない。当然中には魔族も含まれてる」
「だから、ミントさんが動いてるんだね」
「こう見えて同族意識ってモンはあるのよ。アタシらが不当な差別を受ける筋合いはないし、弱者扱いされるのも気に食わないわけ」
フンと鼻を鳴らしてクールに振る舞っていらっしゃいましたが、その目は確かな怒りと決意色が見えましたの。
「ってことはコレも人助けの一環なんですのねっ。であれば私も協力させていただきますのっ」
ある意味ではコレがミントさんなりの〝正義〟の示し方なのかもしれません。
ご本人こそいつもツンデレムーブをかましていらっしゃいますが、その実は常に心に正義感に燃えていらして、この世の悪を見て見ぬふりはできないから、自ら進んで成敗しに世界を回っているという……!?
今代の勇者と聖女をあえて巻き込んだあたり、きっと確信犯に違いありませんの。
「もしかしてミントさんって、魔族の勇者さんなんでして?」
「はぁ? アンタ何バカなこと言ってんの?」
「ふぅむ。早速読みが外れましたの」
しかしながら、ときおりミントさんから感じるこの育ちの良さや正義感の高さはどこで培われたモノなのでございましょう?
私、地味ぃに気になっておりますの。
関わろうとしないのが普通なんですのに。
「とりあえず作戦を説明するわ。ザコ聖女にも大事な役割があるから、心して聞いてちょうだいな」
「りょ、了解ですのっ」
声量を抑えながら返事をいたしましたところ。
ミントさんが囁き声でお続けなさいます。




