アタシら魔族なんて女神教徒であろうとなかろうと
「……はぇー……」
「何ボーっと突っ立ってんのよ。目立つじゃない」
「あ、すみませんの。つい見惚れてしまいまして」
ようやく目が慣れてきましたの。
そして唖然としてしまったのでございます。
神聖都市セイクリットの中央は、本当の本当に、真っ白一色な街並みになっておりましたの……ッ!
建物の壁やら扉やらはもちろん白ですけれども、何より驚いたのは道脇に植えられている街路樹まで真っ白な葉を付けていたことですの。
それほどまでに白で統一されているからこそ、道行く人々の姿がより映えて見えるのでございます。
皆、ただの一般人には見えません。
半数以上が修道服を着ているのです。
基本的に私たち聖職者の衣服は黒や紺などの暗色を基調としておりますゆえ、少しでも身動きをすればすぐに分かってしまいます。
たまに見える修道服を身にまとっていらっしゃらない方につきましては……その……何と言い表せばよろしいでしょうか。
さすがに浮浪者までとは言いませんが、先ほどミントさんがおっしゃっていたように、ですの。
「……お召し物がボロボロな方も結構通りを歩かれているんですのね。総じて獣人さんみたいですけれども。ふぅむ。でもあちらの猫耳女性はキチンとフリフリな衣装を着ていらっしゃるようですし……」
いずれの方も、すぐ前を歩く神父姿の殿方を追いかけるようにして、黙々と歩んでいらっしゃるように見えますの。
変に気になる点を言えば、皆一様に緊張に溢れたご表情をなさっていることでしょうか。
何と言いますか、異様な光景ですの。
「衣服のちがいはそりゃあ勤め先の差ってところでしょうね。アンタんとこのお国は愛玩禁止法を敷いてるんでしょうけど、この街は独立指定都市よ。街の条例のほうが優先されているわ」
「ふぅむぅ……ッ!? それってつまり」
「ええ。この街ではまだ、ヒト族以外の存在は誰かの所有物として扱われてしまうことがあるってこと」
「ッ!」
確かに言われてみれば、大抵の獣人族さん方は俯いたまま気配を殺すように小さく歩いていらっしゃるのでございます。
まるで常に誰かの顔色を伺いながら生きざるを得ないかのような……。
その後ろ姿には自由意思なんてモノは少しも感じられませんでしたの。
確かに道端や軒先に浮浪者や物乞いの姿は見えませんけれども……全ての住人が活き活きと生きているようには、どうしても思えなかったのでございます。
周りの目を気にするようにミントさんが息を潜めながらお続けなさいます。
「……獣人族がこの街で就ける職種っていったら、男は土方で女は下女、もしくは夜のお水系ってところが関の山じゃないかしら」
「で、でもっ。この街以外ならもっと自由に働けるのでございましょう……!?」
「そうね。でも、ここにいる獣人族はみんな女神教の信徒なのよ」
「ふぅむっ!?」
「そんで同じ敬虔な女神教徒であるはずのヒト族連中が、金のチカラで獣人族を使役しているって構図、かなりの皮肉よね」
……つい、言葉を失ってしまいます。
先ほどまで綺麗に見えていたはずの白い景色が、とてつもなく冷たくて空虚なモノに見えてきてしまいましたの。
この憤りと失意とをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてような感情は……私が女神教の聖女であるからこそ生まれ出ずるモノなのでございましょうか。
それとも、この世に生きる一人の乙女としての、真っ当な感情なのでしょうか……。
このままではいけないと思えましたの。
けれども今の私に何をできるのかと問われたら……胸を張って答えられることもまた、一つもありませんでしたの。
「言っとくけど、今更アンタ一人がどうこうしたところで何も変わりはしないわ。この三百年もの間、ずっとそうだったんだから」
私が震えた声を漏らす前に、ミントさんは飄々と答えてくださいました。
自分でも理解はしておりますの。
聖女の務めを無事に果たせたとて、あくまで世界は戦乱の世に戻らないだけで、その後に何かが改善されるわけではないのでございます。
そしてまた心の奥底では分かっているつもりです。
私は休戦協定を延長するために用意された、肩書きばかりの聖女だということを……っ!
「……何も言い返せない自分が情けないですの」
「別にいいのよそれで。これ以上不幸な目に合うヤツを増やさないってことも、充分に成し遂げる意味のある役目だと思うわよ」
優しく微笑んでくださいました。
そのままゆっくりと歩き出しなさいます。
彼女の背中を追っている間にも、すれ違う獣人族さんの姿がイヤでも目に入ってしまいましたの。
職に貴賤無しという言葉はありますけれども……。
それでもやはり理不尽な境遇だと思ってしまう私は、何も間違っていないと思うのでございます。
「……ちなみに、あんな獣人族の扱いでもまだマシなほうなのよ。職にありつけているだけ、ね。アタシら魔族なんて女神教徒であろうとなかろうと、なんだもの」
「ミントさんが私たちに見せたかったのは、この理不尽な現実そのものなんでして?」
「別にそれだけじゃあないけど。ただ、こんなところで油を売ってる暇もないわ。先を急ぎましょ」
今度は振り返るようなこともせず、ミントさんは人混みの中をスイスイと泳ぐように進んでいかれます。
追いかけるだけでもやっとでしたの。
そうしていくつかの曲がり角を過ぎていくうちにだんだんと人も往来も少なくなり、道もかなり細くなっていきましたの。
いつの間にやらまた私たちは路地裏のような狭い場所にまでやってきていたのでございます。
先ほどの通路は偽装された秘密の入り口でしたけれども。
今度の裏路地にはいったいどんな闇が潜んでいるんでして……?




