アンタたちに頼みがあるんだけど【挿し絵有り】
しばらくウンウンと唸っていらっしゃいましたけれども、終いには意を決されたかのようにカッと目を見開いて、ミントさんは私たちに対してとある質問を向けてきなさいましたの。
「ご多分に洩れず、アンタら暇なのよね?」
……ふぅむ。
今代の聖女と勇者に対して暇とは人聞きの悪いことで。
図星ですから何も言い返せませんけれども。
「ええ。おっしゃるとおりですの」
誤魔化したところで何かが変わるわけでもありません。堂々と胸を張って答えてさしあげます。
聖女と勇者が時間を持て余しているだなんて本当はよろしくありませんわよね?
でも、今はそれでもよいと思っているのです。
先を急ぐ旅ではありますが、ミントさんのご用事が終わるまではできる限りゆったりと過ごしたいんですの。
大森林でのイザコザはかなり心労になってしまいましたからね。慰安というわけではありませんけれども、心にも身体にも、少しくらいは休養が必要ではありませんこと?
たとえ仮初めの平和だとしても、過激派に襲われる心配のないこの神聖都市セイクリットの中で、しっかりと英気を養っておきたく思うんですのっ。
「ちなみにスピカさんも同じ感じですわよね?」
お隣にこじんまりとお座りなさるスピカさんにも確認しておきます。
彼女は一度天を仰ぎ見るように首を上げましたが、すぐに頷いてくださいましたの。
「しいて挙げるなら剣が鈍らない程度にシロンくんに稽古付き合ってもらって、時間があったら街内観光して……ってところかな。
あんまり長く滞在することになりそうなら冒険者ギルドのほうにも顔を出そうかなって思ってるよ。ほら、ずっとこのまんまでも忍びないし」
ええ。その点に関しては私も同意いたしますの。
こんな生活がしばらく続くのであれば、是非ともそうするべきだと思っておりますのっ!
ただいまはタリアスター邸にタダ同然で泊めていただいておりますけれども、このまま善意に甘え続けるわけにはいかないのです。
一人の自立したオトナとして当然ですのっ!
謝礼の気持ちを金品で示すのもどうかと思うのですが、一番手っ取り早くて分かりやすい方法がソレですものね。
せめてお泊まり代金くらいはお払いしませんと。
お互いに言葉に交わさずとも、スピカさんのおっしゃりたいことは阿吽の呼吸で分かっております。
善意の塊みたいなお人ですもの。常に他者から与えられるだけ、というのは彼女の性分にも合っていないのでございましょう。
というわけで、暇かと問われたら暇ですの。
予定という予定は全く入っておりませんの。
いつでも何でも動けてしまう美女二人が揃っているような状況ですゆえ、どうぞミントさんのお好きにしてくださいまし。
自信の根拠も何一つとしてございませんけれども。 フンスと鼻息でお示ししてさしあげましたの。
「……仕方ない。アンタたちに頼みがあるんだけど」
「ふぅむ? なんですのなんですのっっ?」
あら、ミントさんらしくありませんわね。
珍しくシュンとかしこまりなさいまして。
申し訳なさそうに上目遣いするだなんて、かつて一度見たか否かというレベルでしてよ?
ミントさんがほんのりジト目でお続けなさいます。
「明日、アタシに同行してもらってもいいかしら。ちょっと行きたいところがあんのよ。別に一人でいけないわけでもないんだけど……アンタらにも見てもらっといたほうがいいかなって」
「お口振りからお察するに、シリアスな方向性でして?」
「まぁ……そうなるわね。間違いなく見て楽しいモンではないと、先に言わせていただこうかしら」
「おっけですの。であれば覚悟しておきますの」
トンと胸を叩いて、何でもお任せくださいましのポーズを見せ付けてさしあげます。
ミントさんが私たちを頼ってくださっているのです。断る理由がどこにあるというのでございましょうか。
それに、最近の貴女はどこか憂いた表情が増えてきているような気がするのです。
旅は道連れ世は情けとも言いますでしょう?
また心労が増えてしまう原因になるかもしれませんが、かといってミントさんお一人だけがお辛い顔をしているというのもダメだと思うのです。
せっかくなら三人で共有したいではありませんか。 私たちは旅仲間なのですしっ!
「……何よ。随分と物分かりがいいじゃないの」
「ふっふんっ。私だってミントさんが陰で何をコソコソやっていらっしゃるのか、気になるんですもの!」
「ったく。本音はソレか」
ええそうですとも。
乙女の好奇心がワイワイ騒いでいるのですっ!
それに私が一人で出歩いたところでまた迷子になってしまうだけですの。
であれば、なるべく三人で行動できたほうが私としてもありがたいのでございますっ!
「まぁいいわ。それじゃヨロシク頼むわね。ちなみに朝早いわよ?」
「うっ。それは困りますのっ」
ただでさえ今日は先代様のところで寝泊まりしておりましたゆえ、めちゃくちゃ朝も早かったですし、ゴワゴワのベッドで疲れもあまり取れておりませんし……。
今のうちに休んでおきませんとね。
ソファのふわふわに身を委ねておきます。
二人掛けのソファに無理矢理三人で座っておりますからちょっとだけ狭いのですが、お二人とも細っこいお身体をしていらっしゃいますもの。
ふふふっ。
お二人の間が、私にとって一番安心できる場所だといっても過言ではなくなってきたかもしれません。
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――そうして迎えた、翌日。
私たちはこの神聖都市セイクリットの中央街のほうへと足を運んでおりましたの。
けれども不思議なことがあるのでございます。
向かう先は明らかに中央のほうであるはずですのに、どうしてミントさんは裏路地ばかりを歩こうとするんですの……?
魔族という種族柄、目立つことを避けているからなのかもしれませんが、それでももっと人通りが多くて賑やかな大通りを歩けばよろしいですのに……。
この辺はとにかく薄暗くて、かなり寂しい感じがしていて、白くて高い建物の壁がどうしても冷たく感じてしまうのでございます……っ。