今度は何か? じゃないわよ
その後私たちは適当なウィンドウショッピングに勤しみましたの。
……私がふらふらっとどこかに行かないように、ずーっとミントさんに監視されておりましたけれども。
んもう。
早々迷子になんてなりませんでしてよ。
今回ばかりは私も懲りましたし。
本日はそこまで買いたいモノもございませんでしたゆえ、わりと早いうちに切り上げましたの。
私にとっては丸一日ぶりとなるタリアスター邸へとようやく戻れたのでございます……!
「はっふぅぅぅー……やっぱり高級な綿生地はちがいますわねぇー……お尻の包まれ方がソフティで優しいですのー……」
古ぼけた教会のごわごわベッドと比べればまさに雲泥の差があるふわふわソファに腰を下ろしながら、とにかく長い溜め息を吐かせていただきましたの。
やーっと気を抜けるのでこざいますぅぅ……。
「それはそうとザコ聖女。アンタ昨日はどこにいたわけ? さすがに野宿ってわけじゃないんでしょ?」
向かいのソファに座るミントさんが口をへの字に曲げながら問いを向けてきなさいましたの。
足を組んで、膝の上で頬杖を突いて、見るからにご機嫌斜めな感じに見えますけれども。
きっと私の捜索で一日が潰れてしまったからですの。
……言い返せるだけの理由もありませんし、隠す必要もございませんし、素直に答えておいたほうがよさそうな気がいたします。
「こっほん。ずばり先代様の教会ですの」
「先代様ぁ?」
「ですの。私が今代の聖女である以上、五十年前には別の聖女様がいらしたわけでございましょう? スピカさんのお祖父様とパーティを組んで旅をしていらした、先代聖女のアナスタシア様に助けていただきましたのっ!」
出会い自体は偶然だったのですけれども、今思えばこれも女神様の思し召しだったのかもしれませんわね。
もっとアレやらコレやらたくさんのお話を伺っておきたかったのですが、お会いしたときにはもう夜は遅くて翌朝も早かったゆえ、本当にさわりの部分くらいしかお話ができませんでしたの。
またいずれキチンとお喋りをする時間を設けたいですわね。彼女であれば魔王城への近道などもご存知かもしれませんしっ。
私がスラスラと嘘偽りなくお答えしてさしあげると、ミントさんは特に興味もなさそうな、仏頂面になりなさいましたの。
ふぅむ? もっと面白い場所で寝泊まりしていたほうがよろしかったのでしょうか。
……例えば、怪しい娼館とか?
こんな神聖都市にあるわけないですのに。
天井を見上げたまま、何かを思い出すかのようにミントさんがお呟きなさいます。
「あー、そういや先代聖女はこの街の出身だったか」
「ご存知だったんですの?」
「そりゃあアタシも長命種の端くれだからね。そこそこ長いこと生きてりゃ有名人の話なんていくらでも転がり込んでくるわけよ」
「ちなみにミントさんはおいくつなんでして?」
「バーカ、言うわけないでしょ」
ふぅむぅ。女性に年齢を聞くのはタブーとよく言われておりますけれども、
私たちの間柄なんですから、そろそろ教えてくださってもよろしいと思いますのに。
ただでさえミントさんはスピカさんよりも更にロリっちいご体型をなさっておりますゆえに、見た目からでは年齢を推察できないのでございます。
まして他種族のカラダの発育具合なんて把握しているわけがありませんからね。
魔族はエルフ族よりは長命ではないと修道院の図鑑に書いてあった気がいたしますゆえ、さすがに何百年単位のご年齢ではないも思いますけれども……。
「ちなみにその教会ってのは中央にあったわけ? それともこの街の端っこのほう?」
「おそらくは端っこですの。周りはわりと寂れておりましたし、出世にもあまりご興味はないご様子でしたし」
地理に疎い私には詳細は分かりかねますが、おそらくあの場所が神聖都市の中央寄りとはとても思えませんでしたからね。
裏通りのそのまた外れ的の、いかにも左遷先の教会って感じでしたもの。
「ふぅん。なら問題ないわ」
「ふぅむ? そもそも何の質問ですの?」
さっきから謎の質問ばかりでミントさんの意図が分かりかねますの。どんなご情報を知りたいのでございましょう?
直接言ってくだされば、私に答えられるモノであれば何でも答えてさしあげますのに。
……しかしながら、ここでお話は終わりなのか、ミントさんはそっぽを向いて、ソファの上に横になってぺたーんと寝る体勢になってしまわれましたの。
背中の羽と尻尾を気遣った、いわゆる胎児型と呼ばれる寝相ですわね。基本、ミントさんはこの形で睡眠を取られるのでございます。
いつも朝早くに邸宅を出て、日が暮れてから戻ってきておりますゆえに、お疲れなのでございましょう。
今日はある意味での気晴らしになったのではないでしょうか。
私を見つけられて安心もされたかと思いたいですの。ささ、どうかよくお休みくださいまし。
「――っと、まだ寝るには早かったわ。一個大事な話を忘れてたじゃないの」
「ふぅむ? 今度は何か?」
「今度は何か? じゃないわよ。指輪についてよ、この指輪。よく分からんままに嵌めさせられて、間髪入れずに魔力を込めさせられたアタシの身にもなってほしいんだけど」
「あらまぁ、そういえば」
確かに指輪のお話がまだでしたの。
このアイテムのおかげで私の生存確認ができたようなモノですからね。
ミントさんのご反応から察するに、私と逸れてテンパっていたであろうスピカさんが詳細をお伝えしているとは思えませんし。
真横に座るスピカさんの顔色をチラリと伺ってみます。
……今、何だか目を逸らされた気がいたしますの。
「あっはは。ちょうどいい機会だから機能の再確認をしておこうよ。どこまで通信手段として使えるのか、確かめておきたいし。合図なんかも決めたいよね」
むむ。上手いこと誤魔化しましたわね。
別に言及する気もありませんけれども。
とりあえず右手の薬指に嵌めた指輪を天井の照明にかざしてみます。
決してお高級なシロモノではございませんが、金属特有の光沢を放っていて、私は好きなアクセサリーですの。
むしろ装飾品を身に付けるのは、大きな理由がなければ基本的にご法度な環境で生きておりましたし。
世に生きる一介の乙女として、オシャレは楽しみたいのでございます……!
「買った経緯については私から改めて説明するね」
「よろしくお願いいたしますのっ!」
しばらく拝聴タイムになりそうですの。
終わるまで黙っておりましょうか。




