真っ向から敵意をむき出しにした
その後、私たち二人は先代様に見送られながら街外れの古ぼけた教会を後にいたしましたの。
本当に渋々といったご様子でしたが、タリアスター邸までご案内いただけるようで、本当に感謝感激雨聖職者ですわね。
せっかくですので周囲の景色を目に焼き付けながら帰らせていただくことにいたしましょうか。
この古ぼけた教会には、また〝真夜の日〟の当日に戻ってこなければなりませんからねっ。
さてさて、と。
ただいまは古ぼけた教会から大通りへと戻ろうとしている最中なのですけれども。
たとえ明るい日中であってもやはりこの辺りに人通りはないようで、どうやら昨日の私は本当に知る人ぞ知る裏通りに迷い込んでしまったらしいのでございます。
右を向いても左を向いても、手入れの行き届いていない街路樹と、雨戸の閉まった建物が続いているばかりですのー。
言い表しようのないもの寂しさは、この地域全体が醸している空気感のせいなのかもしれませんわねぇー。
「ふぅむぅ。確かに内装は綺麗で趣深い教会でしたけれどもー。先代様ももう少し立地のよろしい余生の地を選ばれてもバチは当たらないかと思いますのー。ここだけのお話ぃー」
「……………………さぁ、どうでしょうね」
「そもそも近年は足腰を悪くされているのでしょう? 日々の買い出しに出かけるのも大変なのではございませんでして? それとも実は近くに手頃な露店が出ていたりいたしますの?」
「……………………さぁ、知りませんが」
「お勤めを終えられた聖女様ってのも大変なんですのねぇ。政略に巻き込まれないように私も気を付けておきたいものですのー。とはいえ、別に私はこの神聖都市に骨を埋めるつもりは毛頭ございませんのー。あ、素敵な殿方が見つかったのであれば話は別ですけれどもっ」
「……………………チッ」
ふ、ふぅむ!?
今、明らかに舌打ちをなさいませんでして!?
私しっかり聞こえちゃいましてよ!?
先代聖女様のお弟子さんであるイザベラさんは、ただいまは私の一歩半ほど前を歩んでいらっしゃいます。
まったくと言っていいほど後ろを振り返るそぶりを見せずに、とにかく淡々と、更に言えばわりと歩幅を大きめにスタスタと進んでいってしまうのです。
のんびり屋の私は困ってしまいますの。
もう少し景色を楽しんでおきたいんですのに。
それともアレかしら。
「つかぬことお尋ねいたしますけれども。イザベラさんって、やっぱり私のことが結構嫌いですわよね?」
「…………むしろ、どれほどの無神経であれば好かれているなどと思えるのでしょうか」
「別に有り余るほどの自己肯定感があればイケないこともないと思いますの。たたし残念ながら、私は他人からの悪意に敏感なほうですけれども」
「…………であれば、尚更に不毛な質問ですね」
むぅ。やっぱりお固いお人ですの。
先ほどからイヤミを言われ続けていることなど、私も百も承知の上で話題を振っているといいますゆえに。
だって勿体ないではございませんか。
ほんの一時だとはいえ、同じ時間を過ごし、はたまた同じ道を歩むのであれば、少しでも楽しげなお話をしてお互いの知見を広めておいたほうが有意義に過ごせるとは思えませんこと?
それとも……ふぅむ。
私がかつて、エルフ族の〝反・魔王派〟である白髪のアコナさんに抱いたあの――もう二度と顔も見たくないというドス黒い――感情を、今まさに感じていらっしゃるのでしょうか。
私、そこまで悪いことをしましたかしら?
さすがに身に覚えがないですの。
「ふぅむぅ。せっかく私が気まず〜い空気を他愛もない質問で和ませてさしあげてるといいますのにっ。イザベラさんったらノリが悪いですのっ。そんなに無愛想では、世の殿方の皆様からモテませんでしてよ?」
「ッ!」
ふふふ。ダイレクトヒットしたみたいですわね。
お望みとあらば私が修道院自体に穴が空くほど読み込んだ『モテ美女になるためのマル秘テクニック108選』に書かれていた内容を、一言一句正確にご紹介してさしあげてもよろしいんですけれどもっ。
初デートの推奨マナーから日々の気配りの所作に至るまで、ありとあらゆる作法が刻まれておりましたゆえ、それはもう大興奮しながら読み耽りましたの。
いやはや大人な世界と憧れを抱きましたわねぇ。
いつになったら活かせる機会が訪れてくださるのでしょうか、トホホのホですの……。
そう独りしょぼくれていた私でしたけれども。
唐突に、このタイミングでイザベラさんが立ち止まりなさいましたの。
ほとんど上の空の状態で歩いていたために、そのお背中にぶつかりそうになってしまいましたけれども。
ホントのギリギリで避けられましたの。
んもーう何なんですの〜と質問を飛ばしておきたかったのですが、そのお背中にただならぬモノを感じましたゆえ、発言するには至りませんでした。
ゆっくりとイザベラさんが振り向かれます。
――そこには、真っ向から敵意をむき出しにした、冷氷のような睨み顔があったのでございます。
「…………私は、貴女のそういうところが気に食わないのです」




