………………本当に、腹立たしい方です
ちなみに私は今、実は至って冷静そのものですの。
小馬鹿にされることなんて人生で何度も経験しておりますし、実際〝お前なんかに聖女が務まるか〟などという具体的な罵詈雑言を嫌というほど浴びてきたのでございます。
ほんの少しだけアナスタシア様が困ったご表情をなさっていらっしゃいましたゆえ、半ば無理矢理に話を本筋に戻したも同然なんですの。
……ちらりと視線を合わせてみると、彼女も私の意図を汲んでくださったのでございましょうか。
「イザベラ。リリアーナさんをタリアスター邸までご案内してさしあげなさい」
「んなっ!? 何故に私めがそのような」
動揺するのも無理はないと思われます。つい今の今まで喧嘩をおっ始めようとしていた人物に対して、親切心を以て行動しろだなんて。
正直、聖人君子でもなければ簡単には首を縦に触れないかと思いましたの。
ふぅむ。ともなりますと、やっぱり売り言葉に買い言葉な一触即発ムーブをしないほうがよかったのでしょうか。
……一応、反省しておきますの。
「よろしいですか。迷える子羊たちを導くのが我々の役目なのです。リリアーナさんは道に迷ってこの教会へと辿り着きました。いち早く使命の旅に戻る必要もあるのです。断る理由はありますか?」
あっと。別にそこまで急かされた旅でもないですけれども。
大森林にてそこそこの時間を費やしてしまったとはいえ、休戦協定の期日まではまだ三つほどの季節が移り変わってもよいくらいの時間は残っていたはずです。
そういうわけですから神聖都市セイクリットにはもうしばらく滞在する予定でしてよ。少なくともミントさんのご用事が終わるまでは居座るつもりですの。
面倒なお話になりますゆえ、今回は黙っておきますけれども。
「……あちらの邸宅までなら、そこまで複雑な道順でもなかったはずですが。まして大通りにさえ出てしまえばあとはいかようにでも」
イザベラさんが見るからに嫌そうなお顔をなさっておりますの。
完全に私とは目を合わさないで、今すぐにでもこの場から立ち去りたいかのように振る舞っていらっしゃいます。
おそらく私が一介の迷い人であれば容易く救いの手を差し伸べてくださっていたでしょうけれども。
それがある意味ライバルの現役聖女ともなれば、まして奇妙なお嬢様言葉を扱う謎の金髪美女ともなれば、のそ苛立ちようにも納得ができてしまうのでございます。
……まったくもう。仕方ありませんわねぇ。
分かりましたの。今回は百歩も二百歩も譲って、下手に出ておいてさしあげましょうか。
修道院時代にはあえてへりくだって相手を立てることで、波風を立たせないようにする技術も身に付けなければなりませんでしたゆえ。
そういう意味においては、私は別にプライドはないつもりですの。
ここはお一つ、過剰に演技しておきましょうか。
「ぅおっほん。こう見えて私、トンデモないレベルの方向音痴でして。詳細に道順を教えていただいたところで言われたとおりに進める気がいたしませんの!」
あながち嘘でもないですの。
むしろ想像に難くない事実そのものですの!
次に独りで街を歩いたら、今度はいつのまにか街壁の外側に出てしまう自信だってあるのです。
胸を張るようなことではないと分かっております。
けれども申し訳なさそうに構えるのもダメですの。
ダメをダメと思わせない態度が大事なのでございますッ!
「また迷子になるに決まっておりましてよ!」
「何故そうも堂々と言えるのです……。自分自身が情けないとは思わないのですか貴女は」
「もちろん情けないとは思っておりますの。けれども最近は苦手分野を減らすことより、得意分野を伸ばす方針に切り替えましたの。
だってだって、自分一人で全てを片付けてしまうより、皆でお互いに補い合って生きていけたほうが楽しいではありませんこと?」
「…………私には理解できませんね」
やれやれと首を横にお振りなさいましたの。
ふぅむ。幼き頃から人々に期待されて、常にそれに応えてきたエリート修道女さんには分かりませんかしら。
人に頼ってもらえる喜びと同じくらい、いつでも頼ることのできる方がそばにいてくださる安心感って、素晴らしいモノなんでしてよ。
イザベラさんも早く見つかるとよろしいですわね。
そんな素敵なお仲間さんが、ですの。
「なるほど。リリアーナさんが今代の聖女に選ばれた理由も、何となく分かったような気がいたしますよ」
「ほーら、先代様はこうおっしゃってくださっておりますの〜っ」
すかさず便乗させていただきます。
何がどう分かったのかはまったく分かりませんけれども、私に聖女の適性を感じていただけたのであれば何よりですの。
見た目だけが今代への抜擢理由って、直接言われてしまうと結構悲しいんですからね。
目の前のイザベラさんから微かに舌打ちが聞こえてきた気がいたしましたが、きっと気のせいでございましょう。
「………………本当に、腹立たしい方です」
「可愛げがあると言ってくださいまし。ふっふんっ。とにもかくにも、私が帰れないのは紛れもない事実なんですの。こうして頭も下げさせていただきますゆえ、どうか連れていってくださいまし」
ナマイキな物言いもお詫びいたしますの。
今もぐぬぬと唸っていらっしゃいますが、真っ向から断りはしないのは、イザベラさんのほうも先代様の足腰の件をご存知だからなのかもしれません。
そしてまた、道順を教えても無駄という迷い人を放り投げるわけにもいかなければ、私に長居をされても困るはずですの。
彼女はわりと目に見える形で頭を抱えられた後、きっと心を落ち着かせるためなのでしょうか。
五、六回の深呼吸を経て、ようやく。
「…………ハァ。仕方がありません。先代様からのお頼み事ともなれば、さすがに無碍にはできませんから」
「いよっしゃっ! ですのっ!」
本当に渋々といったご様子ながら、道案内役を引き受けてくださったのでございます。
なんかすっごい回り道をしたような気がいたしますの。
主にコドモな私が悪いんですけれどもっ。




